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平成22年4月21日 校正すみ

 

笹川中尉の殊勲

大谷 友之

笹川  勉 大谷 友之

書店で新刊書を見ていると「回想のレイテ作戦」(平成8年2月、光文社刊)という本があった。第33特別根拠地隊先任参謀だった故志柿謙書氏(兵50期)が書き遺された原稿が見つかり、令息忠邦氏が出版されたものである。

パラッと立読みしていると、所々に笹川中尉という活字があるではないか。早速買い求めて読んでみると、己の武功を決して語ろうとしない笹川中尉の奮戦振りが生々しく記述されている。さわりの部分は次の通りである。

 

特殊潜航艇の初戦果

12月8日、渡辺参謀は、海岸近くの山に腰を降ろして、すぐ眼の前に悠々と碇泊している敵駆逐艦をいまいましく思って眺めていた。撃つべき砲もなく、ただ嘆息するだけであった。突然、眼の前の駆逐艦が大爆発とともに、姿を消してしまった。一体何だろう。空を見ても飛行機の片影だになく、爆音も聞こえない。勿論、海の上に他に船も見えない。

今まで、いまいましさに長嘆息していた陸軍の人達は、実に胸がスーツとしたとは、セブ海軍幕僚室での渡辺参謀の述懐である。

この日、第81号特殊潜航艇艇長笹川中尉は、獲物を求めて、レイテ西岸アルベラ付近陸岸を仔細に偵察し、敵艦を捜したが、敵の片影すら認めなかった。彼ら4隻は、日本内地から、或いは船に積まれ、或いは船に曳かれ、マテフに渡り、ここからはるばるセブまで運ばれて来た。11月以来、よき敵ござんなれと、随分苦労したが、未だ一度も敵に巡り会わなかった。命を棄てた特攻隊として自ら任じ、呉沖のP基地を、歓呼の声に送られて出て来たのに武運の拙さに落胆していたのだった。

笹川中尉は、敵はオルモック付近に必ずいると思い、この日も、沖か陸岸近くかと、沖に出てはまた陸岸に近寄っていた。そして、アルベラから、ずっと北の方まで繰り返し捜し、行動を制限された区域の北端オルモック湾口付近で、陸岸に近づいた。すると、マストらしいものが、陸の方の水平線に一本、特眼鏡に映った。マストかなと思い更に近寄った。これは確かに船のマストだ、マストは2本だ。さらに近づいて行くと、駆逐艦が錨を降ろして、眠っているようだ。上甲板に、人影一つ見えない。空には敵機も見えない。今まで武運に恵まれず、やっと保ち続けたアンドンの残り灯のような彼の心は、急に燃え上がった。

「おい、敵の大型駆逐艦が見えるぞ」と足下の二人の部下に伝えた。

「えっー・大型駆逐艦ですか」と振り仰ぐ。皆、ニッコリと微笑んで顔を見合わせた。高鳴る胸を抑え抑え、落ち着かねばならぬと、何度も心に言ってきかせた。そして慎重に慎重にと、行動動作に注意した。魚雷にも発射管にも、言ってきかせる気持であった。

司令官からは、「1,000メートル以上において発射すべからず」と制令が出ていた。目測1,000メートル、やっと制令距離まで近づいた。敵は横腹をこちらに見せている。待て、待て、1,000メートル以内だ、もうちょっと近寄れ。これで目測800メートル。これなら、間違っても1,000メートル以上になることは、絶対にない。

艦影は、特眼鏡にはみ出している。

「よしっー」と、彼は張り切って、発射を命じた。ところが、不幸にも小さな艇は発射の瞬間、波のために艇首はぐんと持ち上げられた。魚雷は艇を飛び出すなり、波の上に頭を出してしまった。

「しまった」、これでは偏斜する心配がある。勿体ないないが、最初の獲物だ。もう一本射ってやれと急いで照準して、2発目を発射した。うまく出た。彼は微笑んで急速潜没、腕時計を見た。1秒! 2秒―・と命中は近づく。あと3秒! 2秒! 1秒―・

「カチッ」「グワーンー・」やった、遂にやった。

「オイ命中―・」と、3人は同時に叫んで躍り上がった。

戦果確認だ。慌ててはいけない。慌てては、今度はこちらが危ない。彼等は慎重に、慎重を重ねて、そーっと特眼鏡を出した。敵の姿は、既にそこにはなかった。そして、一面に破片が浮いていた。

彼等は目的を達して、逸る心を抑えながら、帰って来た。しかし、笹川中尉は、はにかみ屋である。骨と皮の痩せた体をチョコチョコと運んで、幕僚室にやって来た。

「おい、今度はやったか。ちょっと顔色がよいようだが」と言うと、ニコッとして、靴を脱ぎながら、笹川が「はあ」と言った。

「やはり駄目か」

「はあ」とまた言う。やはり駄目だったのかと思い、私は諦めた。彼はやっと靴を脱いで上がって来た。そして、私の前に来て、持って来た海図で、出港以来の説明に取り掛かった。終わりに近づいて、初めて、戦果を挙げた事が判った。

「なあんだ、初戦果を挙げたんじゃないか。駄目かと思ったよ。それなら.そうと、ずっと向こうから、やりましたー・と大きな声で、なぜ言って来ないんだ」と言って、背中をボンと叩いてやったら、彼は顔を赤く染めて、頭を掻き、掻き、また「はあ」と言っていた。

この事を渡辺参謀に話したら、

「そうでしたか。私達は、一体、何で急に消えてなくなってしまったのか、今まで不思議に思っていました」と言って、ニッコリしていた。

この本は書名の通り第33特別根拠地隊先任参謀の「レイテ作戦の回想」であって、特殊潜航艇の戦闘はその一部であるが、敵が上陸して来る迄の記述には「特殊潜航艇」や「特潜」の文字や艇長の名前が出て来る。

又巻末には付として「特殊潜航艇作戦」があり、この方面での特潜の活躍を記述して本書を締めくくっておられる。

この中に南西方面艦隊司令長官大川内博七中将の賞状があるので、これを転記しておく。

テキスト ボックス: 賞 状
中非部隊配属甲標的隊
南非部隊配属ヅマゲテ進出中ノ甲標的隊
第三十三特別根拠地隊スリガオ派遣隊
第三十三特別根拠地隊ヅマゲテ派遣隊

右者中非部隊指揮官ノ下、各隊ノ協カニヨリ、自昭和二十年一月三日至同年三月十七日
ミンダナオ海面二於テ、累次ニ亘リ、厳密警戒航行中ノ敵船団ヲ捕捉シ、沈着果敢肉迫攻撃ヲ敢行シ、戦艦一隻、巡洋艦一隻、水上機母艦一隻、駆逐艦三隻、輸送船十一隻、艦型不明一隻、計十八隻撃沈、大戦果ヲ収メ、敵ノ心臓ヲ奪ヒ、全軍ノ士気ヲ振作スルト共ニ、比島方面全般作戦二寄輿スル所多大ニシテ、カツ武功抜群ナリ。
依テ茲ニ賞状ヲ授与ス。

(なにわ会ニュース75号17頁 平成8年9月掲載)

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