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平成22年4月13日 校正すみ

大淀乗員が見た小沢囮艦隊の悲惨

足立 之義

足立 之義 大 淀

「ではもらいます」 「願います」と○中尉に申し継ぎを終って、ミッド2時(夜中零時から午前2時まで)の哨戒長付当直を引き継ぎ、艦橋のラッタルを降りていった。 艦内は哨戒第3配備で、厳重な灯火管制を行っているが、南海の晴天の夜はわりと明るい。しかし、肉眼では、一番近いところに占位している僚艦の姿も見えない。

闇の彼方には、小沢第3艦隊司令長官のもと、わが虎の子の空母『瑞鶴、瑞鳳、千歳、千代田』の4隻と『伊勢、日向』2隻の戦艦とを基幹として、それを取り巻く10数隻の巡洋艦、駆逐艦が堂々と航進しているのだ。敵のフィリッヒン反攻を撃砕すべく、捷一号作戦が発動され、去る1020日、豊後水道を出撃したわが機動部隊は、今や敵艦と刺し違えの意気に燃えて、ブイリッヒン東方海域戦場に殺到せんとしていた。

 

出撃以来、すでに4日、昼夜を分かたぬ不断の哨戒配備で、身体はひどく疲れていたが、「いよいよ明日は決戦だ」と思うと、砲側待機所のアンベラにひっくりかえっても中々寝つかれない。

 

いよいよ明日、いや今日、夜が明ければその機会がやってくるのだ。今度は前と違って、左舷高角砲指揮官という、最も遣り甲斐のある重責を負っている。然も、大砲は通称『超10センチ』と呼ばれる最新式の60口径、10センチ高角砲である。「よし、今度こそ撃って、撃って、撃ちまくってやろう。」何かしら背筋に寒気が走るような感激を覚える。

 

出撃の前夜、ケツブガンのS大尉から今度の作戦概要を説明して貰った。それによると、我々機動部隊本隊は、囮(おとり)部隊であって、敵機を出来るだけ吸収して、その間に連合艦隊の全力が、レイテ湾に殴り込みをかけるということである。従って、死はもとより覚悟の上で、それとなく遺書遺髪は郷里に送っておいた。もう何も思い残すことはない。昨日から書きかけの詩を仕上げて眠ることにした。

 

作戦は失敗に終わったのか。

夜が明けると昭和191024日だ、雲量6、薄曇り、風はほとんどなく、太平洋独特の長いゆるやかなうねりが、静かにうねっている。

正午前になって艦内拡声器が、「味方偵察機が、敵機動部隊を発見した。間もなく味方攻撃機が出発するので、手空き総員見送りの位置につけ」 と叫んだ。

高射器の天井窓から、胸から上を出して見ると、本艦の左70度、1500メートル位のところに、巨艦瑞鶴が白波を立てて併航している。恐らく30ノットぐらいであろうし、本艦は随伴運動しているらしい。眼でみると、瑞鶴のメンマスト高くZ旗が翻っている。感激の一瞬だ。広い飛行甲板の後半分には、数10機の飛行機が既にプロペラを始動して発艦の指示を待っている。

 

拡声器で「気を付け」のラッパが鳴り、続いて「瑞鶴に対して敬礼」の号令が下った。森厳な気持ちで敬礼を送る.瑞鶴の甲板上を、1機するすると滑りだした。彗星艦爆である。なんとなく、よたよたと重そうだな、と思った途端、甲板の先端まで走ってポクリと海中に落ちてしまった。

あーつ、と思う間に海に落ちた機は、逆さになって瑞鶴の右舷側をさっと後方に過ぎ去り、見えなくなった。晴れの出陣に何か暗いカゲがさして、不吉な予感がする。高射器内にいる6人の部下の視線が、一様に私の方に注がれる。「駆逐艦がすぐ救助してくれるよ」と強いて何気なく言った。

飛行甲板の2番手は爆装した零戦である。瑞鶴の艦尾波は、一層白く大きくなった感じである。数千の祈るような眼が見守る中を零戦は、甲板の先端ぎりぎりでふわりと空中に浮かんだ、と思ったら、すっと海面に近づいていった。あっ、またか、とひやりとしたら、機は海面すれすれから、静かに上昇を始めた。あちこちで安心の吐息が聞こえてくる。3番手以後は順調に離艦していった。

「しっかりやってくれよ」 我々の切実な祈りを乗せて数10機の銀翼は、隊伍を整えて南方に消え去った。敵機動部隊が近くにいるとしたら、きっと今に来襲するだろうと、一同張り切って待ち構えているが、一向にその気配がない。

 

一方、情報によれば、第1遊撃部隊には物凄い空襲が引き続き、戦艦武蔵を始め、大被害が続出しているという。「悔しい」 目先が暗くなる思いだ。「この作戦は、完全に失敗ではなかろうか」。詳しい事は分からないが、何となくそんな気持ちが脳裏を過ぎった。

 

第2哨戒配備はやはり続いたが、夜になっても敵は現れなかった。勇ましく飛び立った味方飛行隊も天候不良の為、大した戦果を挙げることが出来なかった。寝不足な眼に、真っ赤な太陽が痛いほど感じられた。 昼夜戦転換の配置を終って待機所に入り、朝食前の寸時を惜しんで、身体を横たえた。

 

いよいよ来やがった。

突然、けたたましい「配置に付け」のラッパが鳴り響いた。皆、脱兎のように配置に走った。「左舷高角砲配置よし」と、高射器内の電話伝令に報告させる。腕時計を見ると、8時5分過ぎである。

間もなく、伝令は敵情を伝えてきた。「電探、敵機大編隊らしきもの探知。20080マイル、段々近づく、 いよいよ来やがったぞ。みんな頑張れ!と自分に言い聞かせるように、高射器内に呼びかけた。上甲板を見下ろせば、わが新鋭兵器2連装超10センチは、2番砲も4番砲も上下左右に頭を振りながら、唸りを立てて武者ぶるいをしている。

本艦も速力を増したらしい。振動が加わり、水面の泡が矢のように走り去って行く。左前方2,000メートルぐらいには瑞鶴が白波を蹴立てている。更にその向こうにも、空母が2隻驀進(ばくしん)しているのが見える。水平線付近には、駆逐艦らしいものも見える。空には一片の雲も見当たらず、青々と澄んで太陽が輝いている。

「電探、飛行機19040マイル、近づく」伝令は刻々報告してくる。うねりも無く、風もない絶好の射撃日和だ。

「対空戦闘」いよいよ号令が掛かって来た。

「艦首、高角10度に備え。」

「落ち着いて正しく照準して撃て。」

「追い撃ちするな。向ってくる敵を狙え。」

次々と指令が飛んでくる。眼鏡で敵の方向をじっと見つめると、いたいた、敵の大編隊だ。30,000メートルぐらいはあるだろうか。遠雷のような砲声が響いた。伊勢か日向の主砲が、早くも撃ち始めたらしい。

「射手、見えるか」

「見えません」

「旋、見えるか」

「見えません」

「もう少し左だ。よし、そこだ どうだ。」

「みえました。目標よし。」

「よし。一番機だ.しっかりつかんで離すな」

235」と 測距手は、直ちに距離を届けてくる。各砲はぴたりと高射器の照準綿についている、

「左舷高角砲射撃用意よし」下腹に力を入れて高らかに報告した。

測距「180」天地を揺るがすような大震勤。本艦の主砲が発砲したのだ。黄色の砲煙が一瞬陽光を遮った。防空指揮所を見上げると、鉄兜姿の艦長の大きな上半身とその傍らに、小さな身体のK大尉の首から上が見える。K大尉は私の2期上の第3分隊長兼高角砲指揮官で、直属上官である。

「撃ち方始め」と力一杯に号令をかけ、発射ブザーを鳴らした。と同時に大砲声と共に、黄色い光と熱気と臭(にお)いが全身を包んだ。初弾が出てからは、最早止まるところを知らないかの如く、鍛えに鍛えた技術が弾丸に乗り移って、次々と大空に爆煙の花を咲かせていった。

 

上甲板の各所に据え付けた50数基の25ミリ機銃も、一斉に火を吹き始めた。耳に綿を詰めているが、がーんとして何も聞こえなくなる。敵機はきらりきらりと銀翼を反射させて、次々に急降下に入っていくが、本艦には向って来ない。ほとんど目標は空母だし、敵ながら見事な急降下振りだった。降下角度は70度ぐらいもあったろうか。

 

戦いの中の非情

 ふと眼前の水面すれすれに反航する雷撃機を認めた。重そうに魚雷を抱いている。殴り付ける。指さす。「あれだ!」射手は直ちに捕らえて引金を引いた。然し既に魚雷は空中を飛んでいった。

はっきりと白い尾を引く魚雷の延長線を見ると、月型駆逐艦である。数呼吸すると、間もなく駆逐艦の真中から物凄い大きな薄黒い水柱が空高く舞い上がった。 水柱が完全に消えた後、艦首と艦尾が数秒間見えていただけで、やがて何も見えなくなった.まさに轟沈である。

「畜生!新目標右!」本艦も巡洋艦とはいえ、パルジがないのだから、当たり所によっては、今の駆逐艦と同じ運命になることだろう。 何分間か何時聞かを経過して敵機は去った。

『艦内哨戒第2配備』の令があって、艦橋に上がってみると、遥か東方の水平線に黒煙が見える。千歳が火災を起こしているとの事である、瑞鳳にも爆弾が命中したらしい。 飛行甲板の真中がせり上がっている。

旗艦瑞鶴もまた、魚雷を喰らったのか左舷に10度ぐらい傾斜している。わが方の被害は相当なものだ。その内に瑞鶴から信号が来た。旗艦を本艦に変更するから、近寄って短艇を派遣せよということだ。

味方の直衛戦闘機が盛んに低空を旋回している。艦橋での話では、これら零戦の働きは、実に目覚しいもので、僅か10機余りで、敵軍の中に突っ込み、同数以上の敵機を撃墜したらしい。ところが、気の毒なことに、燃料がなくなっても、降りる母艦がないのである。

9機の零戦が「燃料あと10分」「あと7分」と連絡しながら低空でバンクしていく。本艦は、司令部移転のため、直ちにカッターを降ろし、K少尉がチャージとして乗って瑞鶴に向った。K少尉は1期下の甲板士官である。

 カッターの姿を認めた零戦は、救助艇と勘違いしたのか、待っていましたとばかり漕ぎ行くカッターの近くに次々と着水し始めた。着水した機は、見る見るうちに逆立ちしてずぶずぶと機首から沈み、パイロットが素早く海中に飛び出してくる。少尉は早速艇首を1番機に向けて漕ぎ、一人のパイロットを引き上げた。

これを見た瑞鶴の司令部からは、「速やかにカッターを本艦につけよ」と云って来る。眼鏡で見ると、瑞鶴の舷門には、司令長官以下幕僚たちが並んで待っている。本艦の艦橋からは、∪航海長のしわがれた声が、メガホンを通して「早く瑞鶴に行け」と飛んだ。信号兵は手旗を送っている。早く作業を終らないと、まもなく敵がやってくるかも知れない。潜水艦に対しても危険だ。

K少尉は助けを求めるパイロット達と瑞鶴を見比べて、しばし困っているようであったが、やがて思い直して瑞鶴に向った。気の毒だがパイロットもやがて駆逐艦に救助されるであろう。

 

第2次攻撃は司令官移乗後、間もなくやって来た.然しわが13号電探の性能は極めてよく、必ず200キロ以上で発見するので、戦闘迄に15分から20分の余裕がある。悠々と一服吸い終り、戦闘服装を整えてから配置に付く。第2次攻撃も第3次攻撃も、敵の主目標は空母であった。

 

時々、雷撃機と機銃掃射が襲ってきたが、うまく回避撃退して、本艦は無傷のままである。わが高角砲は、その都度、砲身が焼け付く程に撃ちまくったが、快心の撃墜機を出すに至らなかった。やっと第2次攻撃が終った時、見ると目前1,000メートルぐらいに、瑞鶴がその巨体を右に大傾斜させ、艦尾の飛行甲板は、早や水面に着かんとする沈没直前の憐れな状態である。 35,000トンの巨艦が、見る見る艦首を高く突き上げ艦体の半分を空中に出して、直立したかと思うと、一気にザザーと潜ってしまった。

全く凄絶というか、壮観というか、言葉も無く唾を飲み込むばかりであった。遠くから見守っていた駆逐艦2隻は、静かに巨艦の墓場に近付いて行く。

水平線の彼方に、黒煙が一つ見えるが、その他空母らしさものは見えない。既に、4隻とも、沈んでしまったのであろうか、如何にオトリとはいえ、なんという大きな犠牲であろう。

 

白い眼をむく死者の群れ

「電探、飛行機!」感傷を吹き飛ばし、過酷な現実に引き戻すのに、手間は掛からなかった。溺者救助もまだ終っていないだろうと思う頃、第4次、第5次と敵の攻撃は執拗に繰り返された。残存部隊の主力は、明らかに伊勢、日向と本艦である。従って、本艦に対する攻撃も今迄とは、比較にならないほど激しい。

 

距離、信管ともに、1,000メートルに固定し、弾幕射撃に切り替えた。前後左右の機銃群も気違いのように撃ちまくっている。敵機の落とすケシ粒のような爆弾が次第に大きくなって落ちてくる。

一番恐ろしいのは雷撃だが、投下点がいくらか遠すぎるうえに、35ノットでのた打ち回る本艦には中々当たらない。 突然「4番砲総員戦死、応答なし。」と伝令が叫んだ。はっとして4番砲を見ると、砲尾が火災に包まれている。

「しまった! やられたか!」

しかし、火はすぐに小さくなった。砲員の姿は見えない。全部倒れているのだ。と砲塔の天窓から、ひょろひょろと一人の男が現れた。 砲員長だ。砲貝長のY一曹がふらふらしながら甲板を歩いて来る。一人丈は助かったらしい。だが、これで4番砲は戦闘能力を失ってしまった。

「畜生、撃て、撃て、良く狙って撃て!」

2番砲は砲身が赤くなる程よく撃っている。爆煙は薄暗くなるほど、大空一杯に広がっている。「やった やったぞ」射手と測距手が同時に叫んだ。丁度我々の照準点付近から、尾翼の千切れた敵機が、くるくる廻りながら落ちていく。

高角砲も一瞬撃つのを止めて、この壮観を眼で追い、にっこりとして快感に浸った、一瞬、視界に入ったのは、伊勢か日向か、のた打ち回りながら、むらがる敵に、全砲火を打ち上げているが、マストが折れ、煙突も曲がっている。相当ひどいようだ。然し流石は戦艦だ。空母と違って、まだ戦闘力旺盛である。

長い、長い時間が過ぎて、敵機は去った。早速、甲板に降りて、4番砲塔に行ってみた。応急員が倒れている砲員を、担架に乗せて運んでいる内に、担架の上から頭を持ち上げ、私の方を見ている者がいる。一番砲手のM兵長だ。「M! しっかりしろ」力強く呼びかけてやると、彼は弱々しく微笑んで 「大丈夫です」と答えた。「何処をやられた」「腹です。大したことありません」 そして、彼はその夜苦しんで死んだ。

 4番砲は、艦尾に運んであった数10発の砲弾が、小型爆弾か機銃弾の直撃で誘爆したらしい。辺り一面、焼け爛れているが、船体の被害は殆んどない。怪我人の様子を見るため、戦時治療所の士官室に降りて見ると、うんうん、唸る怪我人の修羅場で、軍医と看護兵が白鉢巻で飛び回っている。誰がどこにいるのか、ちっとも分からない。

便所に行こうと思って士官室前を通りかかり、ふと覗いて吃驚した。浴室の中にうず高く、積み上げてあるのは戦死者である。しかも、入り口真正面に仰向けになっている顔は先任伍長のE上曹だ。白い眼をむいた、物凄い形相に、思わず視線をそらし、走り出していた。‥また、電探が敵機を探知したらしい。拡声器が盛んに鳴っている。「やれやれ、またか、もう沢山だ」 という気持ちがする。

 

人知れずもれる吐息

第6次攻撃も熾烈を極めた。高射器の天井にも、数発の機銃弾が貫通したし、左舷高角砲指揮官のT少尉の眼鏡には、機銃弾が突き刺さっていた.また回避した魚雷が目の前を艦と同航して、なかなか追い抜いて行かないように思えた事もあった。

しかし、幸いにも、大した被害も無く、敵機を撃退することが出来た。敵機が割りに少なかった所為もあるだろう。朝から全く続けざまの対空戦闘も、やっと幕が下りたようだ。何時もと少しも変らぬ南国の美しい薄暮が訪れた。

敵の薄暮攻撃に備えて、対空対潜警戒を厳にしながら、残存部隊は隊伍を整えた。最早空母の姿はない。 巡洋艦、駆逐艦もだいぶ数が減ったようだ 。犠牲は大きい、例え犠牲が大きくても、これで我々の任務は達成されたのだろうか。今、艦隊は傷ついた2戦艦を、僅か数隻の艦艇が取り巻き、本艦が先頭に立って北に向っている、 戦場を離脱しているのだ。

艦内哨戒は第3配備となり、とっぷり暮れた洋上を、昨日とは打って変わった姿で粛々と進む。幸いにガンルームには一人の死傷者もなく、艦内の沈鬱な気分の中にも、ガンルーム内には自ずから笑いがこぼれ、今日の様子を身ぶり手まねで話し合っていた。

そこへ「艦隊は反転して夜戦に向う」という知らせが入った。いま夜の9時半だ、敵機動部隊が近くにいるらしいので、これに得意の夜戦で突っ込むということである。「それっ」と再び戦闘配置につき、見張りを厳重にすると共に水上戦闘の準備にかかった。

「夜戦とはいえ、果たしてこの敗残部隊で、敵機動部隊に突っ込んでどれだけのことが出来るだろうか。この危惧は誰の胸にもあることだろう。だが、この緊張も危惧もそう長くは続かなかった。先の情報が誤りであったのか、2時間ばかり走って予定地点にきても、ついに敵影はなかった。

(この記事は昭和49年4月号の『丸』に掲載されたものである)

(なにわ会ニュース88 平成15年3月掲載)

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