平成22年4月23日 校正すみ
思 い 出
日野原幹吾
一 紹介式
一号生徒を二ヤリとさせた小暮生徒のパフォーマンス
かねて、中学校の先輩で49期の浜島栄さんから多少の予備知識は得ていたが、生徒館のあちこちで、その時刻になると大声が響き始めたので身もすくんだものだ。
入校初日の夕方、全寮制度の生徒館での生活単位である分隊の上級生たちと、真新しい軍装をギコチなく着た新入生 (四号生) が互いに自己紹介するのがこのセレモニーである。
新入生は、上級生の群の前に横一列に並ぶのだが、上級生、とくに四年生 (一号生) は、軍装もくたびれ、潮風に鍛えられた顔には松の幹のような貫禄が出ている。とても互角に呪み合える柄ではないが、どんな奴が同室になるのかこわごわ観察する。
一号生に促がされ、先任小暮生徒から順序に四号生の自己紹介が始まる。
ゾースーハヌッコウノサン(上州は日光の産。)イマイツツウガツコウスッシン(今市中学校出身。)セイハオヌル、ナハスンバツ (姓は小暮、名は新八。)
かなりな声量で、正統派のズーズー弁で怒鳴ったものだから、身構えていた上級生たちは、或いはあっけにとられ、或いはニヤリとし、明らかに機先を制せられた恰好になった。
「聞こえん′」、「声が小さい′やり直せ」などと気合を入れて来るが、その後の雰囲気は明らかにかねて聞いていたほどではなかった。
その日をもって三号生徒に格上げになる新二年生は、イキの良いところを見せるべく、身を返らせ、殆ど何を言っているのか聞き取れないくらいの声量で自己紹介をして見せるが、迫力は小暮生徒に及ばず、霞んだ。
二号、一号生となると、貫禄を見せ、比較的淡々と自己紹介する。
小暮新八君に、いつかそのときのことを話し、出来栄えを賞賛したが、「俺のズーズー弁はそんなにひどかったか」と、とぼけていた。四号生が上級生の鼻をあかせた、そんな紹介式もあったのである。
二、7メートル飛び込み
体育オンチの松島生徒のひそかな金星
機関学校の午後の日課は、訓練と称し、専ら体育である。メニューは季節によりいろいろあるが、夏になると水泳が多い。
舞鶴湾に蛇島と言う小さな無人島があり、その海岸に長方形の井桁形のバースが浮かべてあり、50メートルのプールになっていたが、そのバースに公称7メートルと言う飛込台が取付けてある。その飛込台から何度も飛ばされたが、何とも嫌なことだった。分隊順に呼び出され、指導教官の見ている前で、下級生から順番に登らされるので、上級生としてもサボるわけに行かない。
四号生の夏、最初の蛇島行きの日、私にも順番が来た。台から下を見ると、7メートルという高さの高いこと。波打つ海面は、はるか下の方である。
台の上で瞬間に考えた。「他の連中も、とも角飛んでおり、死んで浮いて来た奴は居ない。俺だってできる筈だ。」
そう考えたら気が楽になり、空中に飛べた。
したたか顔面と胸を水面にたたきつけ、真赤になって、しかし意気揚々とバースに戻ると、「松島生徒、よく出来た。模範だ、もう一度飛べ。」と指導教官。
(上級生の立場は無いではないか。人は1回でカンベンして貰っているのに2度も飛ばされるとは不公平だ) などと、心の中でグチリながらまた飛んだ。
2回目の出来がどうだったか記憶にないが、体育と名のつくもの、何をやっても駄目だった私の、数少ない、しかもあまり人には知られていない金星のひとつがこの高飛び込みだったのである。
(機関記念誌213頁)