田中タクミ分隊長ノ出撃ヲ偲ビテ
部下 杉江 亨
鳴呼分隊長
田中分隊長ハ遂ニ征カル。今日分隊長ノ出撃日、喜ビテヨキヤ、我等トシテ如何ニシテ分隊長ノ出撃ヲ喜ブ事ヲ得べキヤ、足カケ２ヶ年ニモワタリ，オ世話ニナリシ分隊長デハナキヤ、今日ヲ最后ニ再ビ会ウヲ得ズ
忠義孝行慈愛デ凝リ固マリシ如キ分隊長ハソノ中ニ軍人教育ニ欠ク可カラザル厳格サヲ持シ居タリ
四月八日午前八時、司令卜別盃ヲ交スヤ、飛行帽ニ日ノ丸鉢巻モ凛々シク「皆モ続イテスグ来タレ、待チ居ルゾ」ト微笑ヲ後ニ整然卜列線ヲ作リシ零戦隊ノ隊長機「ケー１１１」ニ向ハレタリ、我モ松井君卜共ニ列線ニ走レリ。分隊長ノ飛行機ニハ内地ヨリ持チ来リシ桜花一枚、サモ出撃ヲ祝ウガ如ク計器板ノ上ニ明ルク咲キ誇レリ。愈々特攻隊員ガ来タレリ。
「トラック」ヲ降リルヤ田中分隊長ハニコニコト愛機ノモトニ歩キ来ラレタリ。塔乗スル前、訓練卜変ラズ厳密ニ各部ノ点検ヲナスヤ「杉江モ松井モ立派ナ戦斗機塔乗員ニナリテ来タレ」ト友達ニモ言葉ヲ残シ、機上ノ人トナリタリ。今迄笑ミヲ浮ﾍﾞ居リシ分隊長ノ顔ハ引キ締リ、何時モト変ラズ四周ノ見張リヲ充分ニナシタル後、徐ムロニ試運転ヲナシ、列機ノ「整備宜シ」ノ合図ヲ受クルヤ「チョーク」ヲ外シ、飛行場ニ１２機ノ編隊ヲ作り、又各機ノ「宜シ」ノ合図ヲ受クルヤ尾部ニツキ居リシ我等ニ「松井、杉江、有難ウ 有難ウ」トニコリト頭ヲ振ラレルヤ、徐々ニエンジン」ヲ増速シ濠々タル砂煙ヲ後ニ離陸シ行カレタリ。
遂ニ分隊長ハ元山へハ二度卜帰ラヌ、否モウ此ノ世ニハ帰ラヌ壮途ニ上り給ハレタリ。
田中分隊長ノアノ立派ナ平常ニモ勝ル落着キシ態度ヲ見、誰シモ「此ノ中隊ハ必ズ立派ニヤルゾ」ト頭ヲ下ゲタリ・・・・。間モナク爆音勇マシク飛行場ノ上ニ十二機ノ編隊モ整然卜上空ヲ通過シタリ、暫時茫然卜空ヲ仰ギ居タリ。
田中分隊長ガ特攻隊デ征カレルト聞キタル時、分隊員ノ心ニ相当ノ動揺ヲ与へタリ、唯誰シモ一緒ニ征キタキ同ジ心モテ「我等モ共ニ征カセ給へ」ト頼ム者アリシモ遂ニ叶ハズ、分隊長一人征キ給ハレタリ。
今トナリテハ唯々勉メ励ミテ立派ナル日本人トナリ、御恩返シノ一端トナシ、田中分隊長ノ御冥福ヲ御祈リスルノミナリ。
昭和二十年四月八日
田中タクミ分隊長御家族様へ
（ﾊﾞｲﾊﾟｽﾆｭｰｽ第11号19頁 昭和42年５月掲載）