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平成22年4月26日 校正すみ

忘れ得ぬ黒い瞳

神津直次(元回天四期予備学生隊員)

 中庭をへだてた向こうの棟から、ただならぬ気配が伝わってきた。灯火管制の暗幕におおわれた宿舎から、一歩外に出れば真の闇だった。その闇に踏みだした私の耳に聞こえてくる、怒号と鈍い打撃音。続いてのズシンという、何かが倒れる重苦しい響きは、そこで激しい修正(制裁)がおこなわれていることを示している。

 光(基地)に到着してから、まだほんの二日か三日しかたたぬころのことであった。あの音のする部屋は、私たちより少し早く、九月初旬に回天隊員となり、今や連日出撃訓練に明け暮れている水雷学校出身の同期の者たちの部屋に間違いない。

 明日の日にも魚雷と化して死んでいく男たちが、なんであんな残酷なリンチにあって苦しまねばならないのか。ただでさえ暗い私の心は、深く闇に沈んでいった。

 それは四期士官講習員に対して、××(海機出身。のち出撃戦死)が加えている修正(制裁)だった。

××(八期)は、「あの男のしごきは連日連夜猛烈を極め、われわれは毎日それを目撃し、戦慄していた」と言い、××飛曹(大津島水上偵察機パイロット)は、「あの男、正気じゃなかった」とまで極言している。

 だが翌朝にあった四期士官講習員の顔はさわやかだった。その深く澄んだ瞳には、昨夜の嵐の影さえ宿していなかった。特攻隊員になることは、あの瞳になることなのか。そこにはもう、生きながらに人間のすべての業を解脱している姿があった。

 これはえらいことになった。あそこまで悟りきらねば、ここの隊員はつとまらないとしたら、俺はいつになったらそうなれるのだろうか。・・(中略)

 全員が出撃して戦死してしまった、あの部屋の人たちに、四十年たった今でも私は畏敬の念を抱いている。

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