修業日記
成瀬 秋夫
(説明)
54年6月17日の参拝級会時、「なにわ会ニュース」総集編に掲載すべき機関科関係資料がなくて困っている旨申あげたところ、令兄成瀬正一様から早速、別掲のような修業日誌をお届け頂いた。期間は丁度卒業直前の昭和18年6月1日から8月31日までの丸三か月間(編注 一部割愛)のものであるが、文章、筆跡とも、とても二十歳前の若者のものとは思われない立派なもので、「良い奴程早く逝く」を地でゆく思いがする。三十七年の昔に返って読んで頂きたい。
(上田 敦記)
修業日記記註心得
各自ハ日記記註ニ依リ自己ノ日々ノ生活ニ反省ヲ加へ以テ明日ノ向上発展ニ資シ雄大ナル理想ノ下ニ本分完遂ヲ期スルト共ニ生涯永ク此ノ習慣ヲ持続シテ目己ノ大成ヲ図り又懐カヵシキ思ヒ出卜為スベキデアル。
本修業日記ノ記註心得ヲ左ニ示ス。
1 日々ノ学術、訓練、行事、訓示、講話、 講演、見学、読書、或ハ家庭、家郷ノ状況等全般ニワタツテ其ノ主要ナルモノノ大要ヲ記シ、併セテ特ニ感ジタ事項ニ就キ所感並ニ反省ヲ記註スルコト
2 虚飾ニ惰性ニ流レル等ノ事ナク真情ヲ披歴シテ記註シ人ニ見ラレテモ恥カシクナイ様ナ真摯ナモノデナケレバナラナイ。
3、用字ノ正確及文章ノ簡明ヲ第一トシ余裕アレバ更ニ推敲ヲ加へルコト
4、必ズ其ノ日、其の日ニ記註スルコト
備考
(1)文章ハ文語体、口語体随意トシ仮名ハ片仮名ヲ使用スルコト
(2)毎日夕食後ノ余暇若ハ夜間温習時間ノ後半ニ記註スルコト
六月一日 火曜 気象 晴
〇八三〇 命課告達式。
半年間何事モナシ得ズ。今生徒長ヲ免ゼラル。然レ共余ハ顧リミテ分隊隊務ニ努力シ下級生誘導ニ微力ヲ尽セシヲ信ズルモノナリ。
厳冬ノ初ヨリ初夏ノ現在迄幾多ノ事柄アリ。余コノ間生徒長タルノ職責ニ於イテ或イハ教官ヨリ不思議ナ眼ヲ以ツテ見ラレシ事アル程口姦シク言イ来レリ。余ハ今全ク隊務ナシ。自由ノ身トテ新生徒長次長ヲ補佐シ余自身兎角忽セニ来リシ勉学ニ全力ヲ揮イ生徒修業有終之美ヲナサン事ヲ誓フ。
二〇〇〇新学期備級会。余務メ沈黙
六月六日 日曜 気象 雨
本日京都馬術。
雨降ル中ヲ中部四十部隊ニ着ク。今日ノ愛馬ハ三中隊三班根室ナリ。鈍馬ニテ馬場ニテハ速歩モナサズ、町ニ飛出ス駅、踏切リニテ余ノ馬電車ニ驚ク、流石冷汗ノ思。速歩大分馴レル。
雨ノタメ十三時終了。十五時解散。十八時集会。
菊池提唱シテ映画「ニュース」ニ入ルモ満員ノタメ二人ニテ階上ニ遊ビ初メテ京都ニ遊ブ。駅前東本願寺ニ参拝ス。母上ヨリ屡々聞キタル所立派ナルニ感心ス。二一〇〇無事帰校ス。
六月八日 火曜 気象 曇
砲術学校教官来校サレ体操講習中。大詔奉戴日、朝ノ行事取止メニテ講習アリ。昨月本日ヨリ思へバ「アッツ」ノ敗北ハ誠ニ残念ナリ。敵ノ反撃誠ニ苛烈ナリ。之ヲ防禦ノ策ニ出ヅルハ良法ナラズ、攻撃ハ最大ノ防禦ナル事明ナリ。
午後訓練、徒手体操、嫌ト云フ程トハ此ノ事カ、授業中眠気ヲ催シ苦労ス。
六月十一日 金曜 気象 曇
授業 推進器交流共ニ実験ナリキ。
温習時校長閣下ヨリ話アリ。時局愈々緊迫セル今日ニ際シ膝ヲ交へテノ御話アリ。
1
(1)滅死ノ人タレ.
(2)責任感ヲ強クセヨ
(3)物事ヲ究明セヨ
(4)仕事ノ結果ヲ見ヨ
2 良キ上官タラントセバ
(1)信頼サレル人トナレ
(2)服従観念ニ徹スル人トナレ
(3)最上ノ部下タルモノ最上ノ上官トナリ得ル
六月十三日 日曜 気象 晴
〇五〇〇 奉公館発
中部第四十部隊 遠乗 愛馬ハ瀾盛卜云ヘリ
〇八〇〇 部隊発 第一「コース」乃木神社参拝。続キテ桃山御陵ニ参拝ス。
桃山ノ高地ニ神鎮マリ給フ明治大帝ノ御鴻業ヲ想起シ感無量。
桃山ヨリ宇治平等院ニ速歩ヲ繰返シ進ム。平等院ハ藤原道長ノ別荘トシテ作レルモノニシテ其ノ鳳堂ハ誠ニ昔ノ美術建築ノ粋ヲ集メタリト云ヒ美麗細工ナリ。
附近ノ国防婦人ノ好意ニヨリ茶(宇治茶)ノ接待ヲ受ク。
宇治川ノ清流ヲ眺メ昼食ヲ終リ、快ナリ、食後宇治川堤ヲ駈ケ観月橋ニテ水餉部隊ニ帰ル。馬モ大分馴レテ上手トナリヌ。瀾盛別レ二二〇〇帰校ス。
六月十五日 火曜 気象 晴
天気晴朗
本日総員訓練ニ回共敗レルトハ遺憾。余攻撃第三組隊長ヲナシ来ルモ最近敗戦続キニテ自責ノ念ニ堪へズ。
戸島ニ水泳場新設サレ清掃作業アリ。初メテ海水ニ入ル。夕食後三学年集合アリ。寝室ニ体操服其ノ他置キ整頓不良ナリ。機校ノ伝統地ニ落ツト柔道場ニ集メラル。
余罰ヲ受タル一員タルヲ恥ヅ。学年監事山崎大尉流涕シテ教へラル。誠ニ済マヌ。総員再出発ヲ神明社ニ誓フ。
六月十六日 木曜 気象 雨
本日推進器考査アリ、良好トハ云へズ。更ニ努力勉学ニ励ムベキナリ。
本日三混注射種痘アリ、訓練ナシ。被服点検ニ備へ洗濯ス。
蚊帳本日ヨリ用フ、五分隊山下卜窓越シニ話シ今泉大尉ニ注意ヲ受ク。何事モ真面目ニナスベキナリ。
六月二十五日 金曜 気象
一般機関学、作図交流卜考査ノ連続ニテ苦労ス。概ネ解シ得タルハ嬉シ。本日急ニ航空機理論考査アリ。完全トハ云へズ。
体操検定、平素練習セズ、技倆ノ進歩ナシ。鉄棒ニテ掌ノ皮ヲ破り平行棒ノ検定行ハズ、遺憾ナリ。
六月二十六日 土曜 気象
本日早朝ヨリ爽快ナラズ。授業中眠気ヲ催セシハ残念ナリ。訓練、小銃射撃競技ナリ。天気良好ニテ真夏ノ如シ。
計ラズモ、余装填不良ノ為又昨日ノ手傷「ガーゼ」等ノ為一発モ発セズ、0点トハ。
分隊成績平均九・五四 第八位ナリ。軍歌後元気ナシトテ下級生駈歩ヲナスモ余此ノ如キ事好マズ。列ヨリ離ル。後程考へ「クラス」トシテノ行為ニ自ラ参加セザルハ不可ナリト知り悔ユ。
六月二十七日 日曜 気象 曇
物理授業アリ。潜水実習アリ、初メテニテ興味津々。
軟式ニテ浮上セル友ノ様子、全ク吹出シ度キ恰好ナリ。本校生活ニ於イテ実ニ我々ハ総ユル事ヲ勉強シ実習スル。鍛冶、木工、旋盤ノ工作ヲ初メ、架橋モナシ又一方水泳モ「スキー」モ総ユル運動ヲナス。馬ニモ乗り自動車、汽動艇、飛行機モ運転シ得ル。今又水ニ潜ルノ術モ体得ス。
蓋シ幸福ノ最タルモノト云フベシ。努力セン哉。
六月三十日 水曜 気象 晴
光陰矢ノ如シト古人云へり。誠ニ驚クベク心ノ焦燥抑へ難シ。候補生タルノ実力又精神的思想内容ハ如何。想ヒテ過ギ去り行ク月日ヲ省ミル時掴ミ難キ空ノ如シ。
一人静カニ自己ナルモノヲ思考ス。何ゾ軽薄ナル。機校二年半ノ生活ハ余ニ何ヲ与へタルカ。
七月六日 火曜 気象 晴
永キ雨天統キモ漸ク晴レテ気持ヨシ。本日海軍大臣嶋田繁太郎大将来校視察サル。元気旺盛堂々タル大将ニ接シ心強キ限リナリ。大臣出迎エ後大講堂前ニテ訓示サル。
国家非常ノ時ニ当リ諸子ノ年輩トシテ元気溌剌タル身体ヲ以テ御奉公シ得ル事ハ日本男子トシテ光栄ノ至卜信ズ。諸子ハ修業ニ常ニ努力スルト共ニ将校タルノ人格ヲ磨クベク努力スベシ。我々ノ敵ハ米英デアリ我々ハ内ニ於イテ切磋琢磨スルハ可ナルモ無用ノ競争ヲナスベキニアラズト。
海軍大臣嶋田大将ノ御話ヲ承ル事此処ニ二度目、温顔ヨリ淳々卜諭サルル御言葉自ラ奮起セザルヲ得ズ。
七月八日 木曜 気象 晴
機械熱力(補機)終了ス。何時モ乍ラ熱力ハ明確ナル知識修得ニ苦シム。訓練時航空適性身体検査アリ、眼ノ悪クナレルニ驚ク。
身長一・七一米 胸囲〇・八五米 体重六五瓩 眼一・〇
七月九日 金曜 気象
整備試運転ニテ全教務終了ス。後暫クニシテ岩国航空隊実習モアリ。十分勉強シ面白キ航空実習ヲナシ得ル様努メン。本日訓練ハ総員水泳。
余ノ昨年春ヨリ夏ニ亘り大患ニ会ヒ水泳ノ楽ヲ得ズ、今年又体操其ノ他ニテ海ニ入ラズ二年目ノ海水遊泳ニテ感無量ナリ。存分ニ泳グ。時間ノ不足ハ残念ナリ。
七月十七日 土曜 気象 晴、
第一学期モ夢ノ如ク過ギ愈々授業モ本日限リトナレリ。多忙ナル本日午前中熱力機械力学ヲ終へテ学年訓練ニ出発ス。一学年生徒卜休暇終了迄顔合ス事無キ故種々注意シテ学年族行ニ出発ス。
一四四五 中舞鶴発、京都ニ向フ。報公館ニ一泊ス。三階ノ一隅ニ分隊四名一夜合楽シム。夜外出許可アリテ西本願寺ニ詣ル。月十五夜ニシテ往時ノ京都ヲ想起スルモノアリ。
七月十八日 日曜 気象 晴
〇四三〇 起床
今朝モ又心持良キ朝ナリ。昨夜ハ久シ振リニ蒲団ニテ寝テ元気一杯報公館ヲ発ス。京都駅発山田駅着、十時直チニ外宮ニ参拝ス。正式参拝ノ栄ヲ受ク。軍人タルノ幸福ヲ今更乍ラ喜ブ。終ッテ電車ニテ内宮ニ着ク。五十鈴川ノ流レ尽セヌ清流ニ悠々卜泳グ鯉ヲ見、青天ニ鬱々トシ
テ聳ユル神杉ノ神域ニ入リテハ日本人トシテ、海軍生徒トシテ天真清明無我之境ニ入ルヲ感ズ。(中略)
一二〇〇神宮前ヲ発シ二見駅「いろは」館ニ着ク。山海ノ珍味卜云ハソカ「茄子、まぐろ、藻屑」ノ類、昼食後裏ノ海岸ニテ遊泳ヲナス。青々卜澄メル海ノ水親子岩ヲ遥カニ眺メテ水ニ遊ブ。又極メテ快ナリキ。
終リテ同館ヲ出発シ、微古館ニ着ク。素晴シキ種々ナル古物ヲ見、古装束ヲ見、上古以来ノ日本画ヲ見タルガ如キ心持ス。
微古館ニテ写真三組ヲ購入ス。関西急行ニテ大阪ニ向フ。涼風窓ヨリ吹込ミテ山間ヲ急行ス。今日一日、京都、伊勢、大阪卜近畿一帯ヲ廻り歩キタルヲ想ヒ感無量ナリ。大阪ニテ急ギ下り東海道ノ列車ニ乗事ス。
一ノ宮中学生徒卜同列車ニテ同県人トテ少々談ズ。彼等ハ大竹海兵団ニ仮入団スト元気ナリキ。丹羽先生ノ話ヲ聞キ喜ブ。
汽車ハ赤石、須磨ヲ飛ビ過ギテ海原ニ照ル月ヲ眺メ車窓ノ風景一入、族心ヲ深ム如キ感ヲ抱ク。
七月十九日 月曜 気象 晴
〇六三五 岩国駅着。
夜行列車ニハ少々疲レタルモ希望ニ元気一杯岩国ニ向フ。
荷物自動車ノ運送ニハ少々タルモ無事航空隊着。
〇八三〇 入隊式。航空隊司令湊大佐ヨリ訓示アリ。時局愈々多難ナル折諸子ノ航空関係実習ハ誠ニ有意義ナリ。今次戦争ニテモ解ル如ク航空機ノ重要ナルハ言ヲ俟タズ。航空機ハ海軍ノ主動的ナル立場ヲトラントスル程ナリ。諸子ノ本実習ハ短期間ナレド十分努力シテ目的達成センコトヲ望ムト。
予定変更サレテ入隊、直チニ身体検査開始サル。転倒角度、回転、調節、目ノ見エル範囲、音叉水銀保留等アリ。
曽ツテ舞鶴航空隊見学ニテ悲観シテ帰リシヲ想ヒ、今偉大ナル本航空隊ヲ見テ力強ク感ズ。航空隊職員ノ明朗ナル張切リニ心持ヨキ感ヲ受ク。夜ハ豊田中尉ヨリ日課ノ説明アリ。張切ツテ居ラレル。当隊ノ人ニ劣ラズ、元気ニ有意義ナル航空隊実習ヲナサントス。
七月二十日 火曜 気象 晴
第二日目 起床ラッパ迄グッスリ寝ル。爽快ナル朝ナリ。本日ハ午前心理適性検査、午後地上演習機適性検査ナリ。
心理適性、処置(矢印)判断、協応、操縦、図形、速調等特殊ノ検査ヲ受ク。
午後地演検査ハ普通状態ニ於ケル目標ノ指向ヲ合致スル事及悪気流ニヨリ同様ナル操作ヲナスノ二ツアリ。何レモ上手ニ行カズ。
夜牧大尉ヨリ操縦ノ講義アリ。地演操縦ノ後トテ色々参考ニナル事ヲ得タリ。今迄余ハ操縦捍踏棒ハ「グット」押シクリ引イテ上昇下降等ヲナスト信ジ居リシモ本日地演ノ操作ニヨリ微妙ナルニ驚キヌ。
歴戦ノ勇士牧大尉。
見ルカラニ飛行機乗ノ感ヲ受ク。温順ナル親シミノ中ニ鋭キ目・人ノ心ヲ引ク風貌ナリ。「ハワイ」開戦以来各戦闘ニ参加奮戦セラレタル由、戦ノ中ニアノ心ノ落着ヲ得ラレタニ相違ナシ、心ノ落着ハ戦ニ臨マズトモ人ノ態度、言葉ニ自然卜現レテ居ル。牧大尉コソ其ノ代表的ナル一人ナラン。
七月二十一日 水曜 気象 暗
航空隊第三日
本日ハ愈々飛行作業ナリ。愛機ハ四三〇号陸上初練。「四三〇号成瀬生徒第六回空中操作同乗出発シマス」。余ハ持前ノ大声ニテ地上指揮官山上大尉ニ報告ス。半数以上ガ「元気ナシ」 「違フ」等ニテ側ノ豊田中尉始メ指揮官ヨリヤリ直サル。幸ニ無事ニ御前通過。
四三〇号着陸 吉岡卜交替座席ニ入ル。伝声管落下傘ヲ着ケ「伝声管ヲ試ス」 「成瀬生徒同乗」ト伝声管ニテ伝フ。教官ハ飛行兵曹長ナリ「出発スル離陸、上昇姿勢、此ノ姿勢目安ヲヨク覚エル」矢次ギ早ニ伝へラル、機ハ何時シカ岩国上空ニ舞上ツタ。初メテノ飛行実際絵ノ様ナ下界ナリ。風ノ為飛行帽ガ飛去ル様ナ気ガスル程ナリ。実際ハ五十節足ラズ。
「操縦捍ヲ後ニ引クト次第ニ速力ガ減少スル」前席カラ伝へラル。成程卜思ヒ乍ラ復唱ヲシテヰルト急ニ機首ガ下ツテ機ハ真逆様。思ハズ金玉ニ「アルコール」ヲカケラレタ気持。
「ハット」思ウハ自然ナラン。直グ又水平飛行ニ移ル。「今ノハ失速」ト伝声管ノ声聞イテ居タモノノ流石ニ吃驚シタ。機ハ右ニ旋回、丁度静止シテ回ル如クデ右翼端ノ海上ニボンボン船ガ波ヲ蹴立テ走ツテ居ル。「水平飛行阿多田島宜候操縦」ト伝声管、「操縦」ト復唱ス。何ダカ操縦捍ヲ持ツテモ自分デ操縦シテ居ル様ナ気ガシナイ。其ノ中ニ「機首ガ下ル」ト注意アリ、慌テテ捍ヲ引ケバ之ハ又「上リ過ギル」ト、苦労ノ末漸クコツヲ知り初メタ。
少シノ梓ノ動キダ、実際指三本デ少シ前気味ニスレバ最早降下飛行ニ移ル。「上昇飛行」復唱シテ梓ヲ引ク。「宜候目安ヲヨク覚エル」ト注意。約十五分間ニテ地上ノ人トナル。少々茫然タル処アリ。
午後モ飛行作業アリ。今度ハ離陸スルヤ問モナク操縦水平、上昇、降下ノ各飛行ヲナス、概ネ上手ニ出来タリ着陸前横滑リヲナス。生レテ初メテノ空ノ人トナル、蓋シ雄大ナル空ナリ。
七月二十二日 木曜 気象 雨
本日雨天ニテ飛行作業取止メ残念至極。午前中村大尉ヨリ爆撃教務。午後牧大尉ヨリ雷撃教務。村上大尉ヨリ航法教務アリ。推測航法、偏流測定器及航法計算盤ノ使用法ヲ知ル。
夜監事長福地少将ヨリ休暇帰省ニ関シ御訓話アリ。
休暇後直グ戦場ニ向フ諸子ニ対シ。以下所感ヲ述ブ。
(イ) 将校トナルベキ諸子ハ名ヲ惜シム事ヲ忘ルナ。今日ノ武士トシテ、アレハ何ウカト云ウ様ナ事ノ無イ様ニシテ貰ヒタイ。己ヲ慎ム事ニ心掛ケ戦ニテ名折レダ等卜云ハレナイ様ニシテ貰ヒタイ。
(ロ) 開戦以来多クノ立派ナ働ヲナシタ先輩ノ美談ガアルガ立派ナ言葉立派ナ遺書ヲ残シタ人以外ニ何モ云ハズ残サズ最後ノ日迄日頃ノ行動其ノ儘ガ立派ナ遺書デアッタ人々ヲ私ハ尊敬スル。
(ハ) 我々軍人卜云フモノハ分限令等ノ様ナ種々ナモノニ制限限定ヲ受ケテ居ル人間デ軍人ハ世ノ人トハ全ク違ツタ人ナルヲ自覚スル事ガ必要デアル。
(ニ) 官吏ノ家族ハ商売ヲ許サレテ居ナイ。我々ハ一種ノ官吏ニ似又其以上ノ制限ヲ受ケテヰル。我々ハ商売ヲナス世ノ人トハ大約縁ノ遠イ人間ナリ。
(ホ) 立派ナ名誉ノ戦死者ニシテ其ノ遺族ガ戦死者ノ名ヲ辱シメル様ナ事ガ往々アル。我々ハ其ノ尽忠無ニノ戦死ニ於イテ其ノ様ナ事ガ起ツテハ到底安心シテ靖国ノ神トナル訳ニハ行カナイ。此ノ点ヨク考へテ休暇ニ於イテ家族ノ人ニ自分ノ死後ノ処置ニ於テノ決心ヲソレトナク知ラシメルヲ要ス。
(ヘ) 若シ諸子ガ最後ノ休暇ニ於テ世ノ高等専門学校生徒達ノ行動態度卜何等選ブ所ガナカッタナラバ人ヲシテ諸子ノ大ナル人格ヲ一般人卜何等異ラザル如ク見倣サシメルデアロウ。
諸子ハヨク以上ノ私ノ意ヲ体シテ最後ノ休暇ヲ意義深キ悔ナキ休暇ヲ過ス様希望ス。
七月二十三日 金曜 気象 雨
折角航空隊ニ来タノニ今日モ又雨天ナリ。全ク悲観ス。倉兼大尉ヨリ空戦ニ対シ講義アリ。「ガダルカナル」空戦ノ至宝倉兼大尉特異ノ八髭ニ親シミヲ覚ユ。
戦闘力 人力―心力体力―術力
機力―飛行機―兵器
午後ハ通信、電信練習未ダ一分間二十五字程度ナリ。夜学年監事ヨリ話アリ。又為国教官ヨリ種々話ヲ受ク。我々ハ今卒業ヲ前ニシテ総ユル人ヨリ種々有益ナル話ヲ受ケ我等ノ精神ノ糧ヲ受ク。真ニ幸福ナリ。
七月二十四日 土曜 気象 雨
本日又モ雨天ナリ。楽シミノ実習モ輿醒メ不満ノ処ナリ。午前中整備術ニテ初練及零戦ニテ発動機操舵、修正舵、冷暖房装置、車輪止メ等ノ研究ヲナシ栄発動機試運転ヲ行フ。
試運転装置極メデ完備シ、毎時毎馬力ノ燃料消費額及馬力ニ対スル廻転数等精確ニ試験ナシ得。又各筒ニ壷独ニ排気管出口ヲ備ヘアリテ燃焼状況極メテ見易ク有意義ナル試運転ナリキ。
午後ハ通信ニテ電信術練習一分間二十五字位ノ処、苦手千万ナリ。
夜ハ為国教官ヨリ明日見学予定ノ厳島ニ関シ話アリ。
七月二十五日 日曜 気象 晴
本日ハ日曜日ノ為、江田島海軍兵学校ヲ訪問。兵校ノ一号卜快談セント勇躍出発ス。出発スルヤ蒙雨トナリ残念ニ思ヒシモ間モナク好天気トナリ躍喜ス。
瀬戸内海ハ流石ニ美シイ。島間ヲ縫ツテ江田島ニ着ク。余ハ友人ナキモ皆ニ従ヒテ校内見学ス。海兵一号卜共ニ語リテ楽シム。教育参考館ノ立派ナルニ感心ス。
軍神、諸先輩、英霊ノ遺品、遺書等特ニ感銘深シ、養浩館ニテ第四十分隊一号諸君卜約一時間半ヲ語リ暮ス。桟橋迄見送リヲ受ケ兵校ヲ出発、厳島ニ向フ。極メテ有意義ナル訪問ナリキ。内火艇ニテ厳島ニ向フ。日本三景ノ一タル厳島ハ又極メテ美ナリ。名ニシ負フ大鳥居ヲ眺メツ、其ノ昔清盛、元就等ノ英雄豪傑ガ我ガ世ヲ謳歌セシ時代ヲ想起シ感慨深シ。
七月二十六日 月曜 気象 曇
本日ハ奇数分隊ノミ、潜水艦実習ニ出発ス。ロ六三号潜水艦ナリ.久シ振リノ乗艦実習ニテ張切ル。午前中艦内見学及僚艦ノ潜航状態見学ヲナス。潜航状態ハ遠方ニテ明瞭ニハ見エザリキ。訓練不十分トテ潜航ニ極メテ長時間ヲ要セシハ残念ナリ。艦ハ今次戦争ニモ参加セル
モノニテ航海長(中尉)ハ歴戦ノ勇士ナリト。眼光ノ銚キニ感服ス。
午後ハ艦橋、機械、電機ニ別レテ実習ヲナス。今迄ノ実習ハ概ネ見学ナリシガ今度初メテ運転ヲナシ、操縦ニハ全ク無能ナルヲ残念ニ思ヒヌ。特ニ機械室ニ於イテハ困惑シタリ。一日ノ実習ナリシガ極メテ有意義ナリキ。
七月二十七日 火曜 気象 曇
永ラクノ雨天続キニテ飛行作業予定通リナラズ、不満足ノ所今日ハ最後ノ日曇天ナレド漸ク飛行作業ニ掛ル。
第一回ハ空中操作同乗検定。先日ノ要領仲々呑込メズ。然レ共終り頃ハ大分上手ニナリタリ。第二回爆撃、一瓩発煙弾投下、弾着右十米、遠七十米。
伏臥姿勢ニテ飛行シ酔ヒテ頭痛ス。昼食迄気分悪シ。午後ハ空中操作同乗。最後ノ飛行作業卜思へバ名残惜シキモノナリ。離陸直後ヨリ着陸迄操縦ヲナス、爽快ナリ。
一五〇〇 飛行作業終了シ休暇準備ヲナス。
一六三〇 退隊式 司令ヨリ本実習ノ知職ヲ生カシ将来益奮励努力スベク訓示アリ。
一七〇〇 学年訓諭ノ後休暇帰省ヲ許サル。
一八一五 岩国発列車ニテ帰郷ノ途ニ着キヌ。
思へバ十七日以来東西奔走各種新知識ヲ得テ有意義ナル毎日ナリキ。今休暇許可セラレ最後ノ休暇ヲ故郷ノ膝下ニ暮サントス。
自覚アル最後ノ出征前ニ相応シキ休暇ヲ送ラン事ヲ期ス。
七月二十∧日 水曜 気象 晴
目覚ムレバ列車ハ赤石須磨ノ海岸ヲ走リツツアリ。菊池生徒卜相向ヒテ夜行列車一夜ヲ明ス。
〇五〇〇 大阪ヲ過ギ〇九四〇 熱田駅着。
叔母様ノ出迎へヲ受ケ叔父宅ニ着ク。相変ラズ皆様御元気ニテ先ヅ安心ス。昼食後熱田神宮ニ参拝ス。
余ハ曽ツテ叔父宅ニ三年ヲ過シタル事アリ。第二ノ故郷ノ如キ感アリ。当時参拝セシ町ノ氏神ニ参拝シテ昔ヲ偲ベバ夢ノ如キ三年間一瞬ノ如クシテ過ギニシ感アリ。
七月二十九日 木曜 気象 晴
名古屋ニテ一夜ヲ過シ、今朝ハ早ク名古屋発、郊外電車ニテ故郷ニ帰ル。母上老体ニモ拘ラズ一里余リヲ歩キテ駅ニ出迎へテ下サル。涙落ツル感ス。母上ハ特ニ感情ニ脆ク余ノ出郷以来日々御心配ニナル様子ナリ。何トテ安心シテ貰フベキカ。最後ノ休暇ハ大イニ孝養ヲ尽シ悔無キ休暇ヲ送ラン。家ニテハ今年ハ余ノ為ニ夏蚕ヲ取止メテ御待チ下サレタリ、嬉シキ限リナリ。先ズ祖先ノ仏前ニ参拝シテ帰郷挨拶ヲナス。午後庭ノ花ヲ集メ母上卜共ニ氏神様及墓参ヲナス。
祖先之墓前ニ額キテ静ニ黙祷ヲ捧グル時程日本人トシテ神々シキ感ニ打タルル事無シ。
七月三十日 金曜 気象 晴
帰郷ノ一夜、夢ノ如キ云ヒ表シ難キ心持ナリ。住メバ都トヤラ、余ニトリテ斯ノ如キ都、斯ノ如キ極楽浄土ハ何処ニアラン。十有数年誠ニ走馬燈ノ如ク脳裏ニ浮プ。西尾町ニ至リテ馴染ミノ書店ニテ、海軍魂ヲ購入シ弟ニ
与フ。 夜ハ一家団欒ノ楽シミヲ味フ。今年ハ余ニトリテ最後ノ休暇ナリトテ家ニテハ夏蚕モ取止メテ余ヲ迎へラレタリ、喜ビノ外ナシ、大イニ孝養ヲ尽サン事ヲ期ス。
∧月二日 月曜 気象 晴
本日快晴 午前中隣村大字ニテ海兵一学年生徒タル岡田君ノ訪問ヲ得テ色々兵校ノ話ヲ聞キ楽シム。本村ニ於イテハ海軍生徒ハ余卜岡田君ヲ嚆矢トス。共ニ奮励センコトヲ誓ヒテ別ル。午後出征兵士出発ノ為神社ニテ送別ノ式アリ。見送リヲナス。今次ノ出征兵士ハ皆第二補充兵ニテ農繁期ノ折柄家ノ大黒柱卜頼ム主人ノ出征ハ誠ニ御国ノ為御祝ヒ申上ゲル一方御遺族ノ御苦労ヲ想ヒテ御気ノ毒ナリ。出征兵士ノ遺族ニハ村民総員ガ援助シ激励スベキナリ。
見送リヲ終リテ夕方名古星叔父宅ニ到ル。
八月三日 火曜 気象 晴
五時起床。町中ハ未ダ朝ノ静ケサニ包マレテ居ル。和服ニテ散歩ニ出デ郊外ニ朝ノ気持良サヲ味フ。
昨日故郷ニテ御送リセシ兵士卜共ニ入隊スルノデアラウカ氏神様ニテハ出征兵士送別ノ式ガ早朝ヨリ行ハレテヰル。
朝食後、愛知県護国神社ニ参拝シ名誉ノ戦死者ノ英霊ニ黙祷ヲ捧グ。
今次戦争ニ於イテモ本県ニテ護国ノ英霊トシテ本神社ニ神鎮マリマス人々ハ数多クアル。社頭ニテ静ニ英霊ノ一人一人ノ最後ヲ想像スルダニ感奮セザルヲ得ズ。
御社ヲ去リテ鶴舞公園ニ遊ブ。公園内花園ハ大部分野菜畑卜化シ、公園ニ遊プ者ニ代リテ農夫ノ鍬ヲ振フ婆ヲ見ルハ時局ヲ反映シテ頼モシキ銃後、名古星ノ邁進振リナリ。
八月五日 木曜 気象 雨(曇)
今日モ小雨模様ナリ。兄ヨリ用アリトテ電話ヲ受ケ帰郷ス。話ハ本村ヨリ海軍志願兵ヲ募集セソガ為激励サレタイト村長ヨリノ御話ナリ。事情ヲ開ケバ本村ニ志願兵三十名ノ割宛来リ如何ニシテモ此ノ人数ハ出サザルベカ
ラズトノ事ナリ。突然ノ話トテ面喰ヒタルモ勇躍承諾ス。
相手ハ国民学校普通科生徒及青年学校生徒並ニ父兄ナリ。心臓ヲ以テ約一時間海軍生活卜志願兵ノ将来其ノ他ニ関シ論ジ共ニ大空ニ海ニ出動サレン事ヲ語ル。話ヲ終リタル後約二十名志願票ヲ受取リニ役場迄来ラレ、村長初メ兵事係等極メテ喜バル。一八〇〇ヨリ村長様達卜会食ス。村ノ状勢其ノ他ニ閑シ種々話ヲ聞キ有益ナリキ。
但シ二〇〇〇ノ深更迄御邪魔セルハ興ニ乗リタルトハ言へ御無礼セルヲ遺憾トス。
八月六日 金曜 気象 暗
中学時代ノ親友集リテ我ガ家ニテ昔ヲ追想シツツ楽シク語ル。高師在学ノ小野田、蛭川両君卜小学校代用教員深見君卜終日語ル。
夜ハ夕方コリ親戚ノ人々二十数名ヲ御呼ビシ出発ニ際シ送別ノ会ヲ開ク。皆様ヨリ種々激励ノ言葉ヲ受ケ感激ス。
八月七日 土曜 気象 晴
早朝四時半家ヲ発シテ川向フノ山ニ登ル。朝日漸ク上り初メル頃我ガ見馴レシ郷村ハ静ニ而モ底力ヲ内ニ含ミテ眼下ニ眠レルガ如シ。前ニ矢作ノ清流ハ先日ノ雨ニテ水満々卜大洋ニ向ケ流レ進ム。壮観タリ故郷。
余ハ泌々卜故郷ノ美シサヲ味ヒ感無量ナリ。山上詩ヲ吟ジテ将来ノ希望ニ満々タル覇気ヲ持シテ山ヲ下ル。
氏神様ノ御前ニ静カニ一人立テバ心落着キ出郷ノ覚悟自ラ成ル。氏子トシテ至誠余ノ任務ニ邁進セソ事ヲ誓フ。家ニ帰リテ庭前ノ花ヲ集メ墓参ヲナス。
余ガ祖先以来未ダ曽ツテ刀剣ヲ帯ビシ者ナカリシニ余ハ幸ニシテ今軍人トシテ而モ国家危急ノ際勇躍壮途ニ就カントス。再ビ墓前ニ参拝スルヲ得ルヤ否ヤ、幼カリシ頃余ガ何クレトナク御世話ニナリシ祖母様モ此ノ墓下ニ眠ラレルカト思へバ過去ノ様々ガ走馬燈ノ如ク頭ヲ通り思ハズ流涕ス。成瀬家ノ名誉ヲ掛ケテモ十分ナル働ヲナサン事ヲ誓フ。
一六〇〇 村人達神社ニテ余ノ為送別式ヲ行ヒ下サレ西尾駅迄見送ヲ忝クス。余ハ出征軍人ニアラザルニ熱意溢ルル郷村ノ御厚意ニ唯感激ノミ。
「歓呼ノ声ニ送ラレテ今ゾ出立ツ父母ノ郷」万歳、万歳ノ声ニ送ラレテ余ハ感激感謝シテ懐シノ故郷ヲ後ニス。此ノ村人ニ対シ余ハ、一寸ノ怠惰アリテ申訳立ツベキカ。父卜伴ニ名古産叔父宅ニ泊シ明朝ノ準備ヲ終へ就寝ス。感激ノ一日此ノ感激ヲ生カセ。
八月∧日 日曜 気象 晴
休暇十二日間一瞬ニシテ去リ早朝熱田駅ヲ発シ帰途ニ就キヌ。現在世界ノ状勢ヲ見ルニ西ニテハ盟友伊国ノ政治的革命アリ「ソロモソ」群島、シチリヤ島卜敵米英ノ反攻ハ激烈ナリ。此ノ時余等二十二日問ノ休暇ヲ与へ
ラレタルハ誠ニ喜ビノ外無シ。余ハ此ノ問最後ノ休暇トシテ家事ノ整理卜云フ程ノ事無キモ手落チナキ様仕末シ、出来ルダケ家ニテ皆様卜語ル如ク心掛ケ極メテ有意義ナル休暇ナリキト信ズ。
〇七四五熱田駅発、一六〇〇無事帰校ス。余ス僅カノ生徒生活乍ラ此ノ英気ヲ以テ有終之美ヲナサソ事ヲ誓フモノナリ。
八月九日 月曜 気象 晴
新学期第一日元気ニ床ヲ刎ネテ飛出ス。活気ニ乏シキ生徒館生活ノ第一日、想像ノ通り当直監事大田大尉ヨリ朝食時注意ヲ受ク。遺憾ナリ。
本日ハ始業式アル積リナリシガ何モナク何ダカ気抜ケノシタル感ナリ、余ス僅カ全力ヲ揮ヒテ最後ノ頑張リヲナスベシ。相当ノ酷暑ナリ。日中温度三十三度、湿度多キ為汗ノ流ルルニ苦労ス。生水厳禁、健康ニ留意セン。
(宮崎指導官注記)
熱心ニ記註セラレタルヲ喜ブ。生徒生活最後ノ休暇ヲ最モ有意義ニ過シタルモノト認ム。郷土ノ熱誠ニ応へ大成ヲ期セヨ。
八月十二日 水曜 気象 晴
帰校以来酷暑続キニテ心身共ニ倦怠ヲ覚ユルハ遺憾ナリ。要務ハ山崎大尉多忙ニヨリ上村教官ナリ。熱誠ナル御訓諭ニ感銘深シ。
一、「現役海軍軍人ハ後三年ニテ総員戦死」ノ覚悟ナクバ勝利ハ望マレナイ
二、戦ニ臨ム際一ニモ二ニモ戦死ヲ結ピッケルノハ芳シクナイ。自己ノ職責遂行ヲ第一ニ考ヘテ生死ハシカル後天命ノ儘ナルヲ銘記シ泰然タレ。
三、牡卜勇気ニ溢レタル人物タレ。
訓練遊泳ナク湾口ヨリ飛込ミテ泳グ。往路今泉大尉ノ色々ナル話ヲ承り面白シ。
遊泳中俄カニ天曇リテ雷雨ナリ。遊泳中止シテ引返ス。
内火艇ノ様ナ小サナ船ニテハ船尾ハ流線型ナラズ何故カ?
答 船尾波ヲ蹴立テテ進ム故其ノ効果極メテ小。
八月十四日 土曜 気象 晴
本日待望ノ遠泳ナリ。天気清朗絶好ノ遠泳日和。元気一杯ナリ。港入口ニ「カッター」艇長トナリテ曳行上陸シテ準備運動シ出発ス。数日来海水ニ入ルト股ノ掻ユイ者多ク「メソソレターム」ヲ塗布シテ入水セシハ笑話ナリ。戸島ノ入口ニ来ル時早ヤ十一時半(入水八時ナリ)
遠ク舞鶴方面ニ泳グ。皆ヨク力泳ス。短艇遠漕出発点ノ辺ヨリ引返ス。風出デ波荒ク隊伍崩ル。力ヲ合セテ元気ニ泳グ。落伍者続出ス。一学年玉井生徒落伍セントス。本分隊ヨリハ一名モ出スマジト思ヒ頑張ラス。遂ニ書吉岡ニ紐ヲツケテ泳ギ通サントス。然レ共玉井ノ頑張リモ体力尽キタラン、水ヨリ顔ヲ出サズ。猶「泳ギマス」
ト頑張リヌ。
余ハ大久保生徒ノ事ヲ思ヒ出シテ直チニ艇ニ上ゲシム。而シ本日ノ玉井ノ頑張ノ精神ハ見事ナリト信ズ。他分隊ニテハ落伍シテハ艇ニ掴マリテ前ニ行キ又落伍シテ而モ平然タル者数多クアリ、誠ニ憤慨ニ堪へズ。斯ノ如キ輩ハ機校伝統ノ頑張リノ精神ヲ心ノ何処ニ把捉セルヤ。死シテ範ヲ垂レシ大久保生徒銅像ノ前ニ頭ヲ下ゲ彼等ハ一体何ヲ頭ニ浮べ誓ヒ来レルカ。青年将校タラン者当ニ又大久保生徒ノ如クアルベキナリ。玉井ハ為ニ熱ヲ出シテ臨時休業ニナリタレバ彼ヲ賞メ其ノ頑張リヲ忘レズ終生努ムル様語レバ彼流涕シテ喜ビヌ。彼ハ日頃一人ノ母ニ育テラレ身嗜ミ等ニ稍欠タルヤト思ハレ度々種々注意シ来レドモ本日ハ彼ニ自信ヲ持ツヲ得タリ。彼ガ今日ノ意気ニテ頑張リテ大成セン事ヲ祈ル。
一九三〇 随意就寝許可、直チニ就寝ス。
八月十七日 火曜 気象 晴
本日軍隊教育学ニテ教育者(主体)トシテノ種々ナル要素心控へヲ承ル。総テ余ニトリテ大イナル反省ノ資料ナリ。中ニモ職責尊重卜云フ事ハ最モヨク将来常ニ頭ニ持タザルべカラズト痛感ス。職責尊重トハ自己ニ与へラレタル職責ヲ尊重シ、之ニ全力ヲ奮ヒテ責任ヲ果スト同時ニ他人ノ職責ヲモ尊重シ猥リニ他人ノ仕事ニ迄手ヲ出シ反感ヲ持タセル様ナ事ガアッテハナラナイ。
本日教務機械力学考査アリ。概ネ解答シ得タルモ猶不十分ナリ。更ニ努力ヲ要ス。
本日遊泳 本年初メテ七米飛込ヲナス。
八月十八日 水曜 気象 晴
水力学実験「ベンチュリー」管、水抵抗管等ヲ行フ。暑気酷シク身体倦怠ヲ覚ユ。
授業 機械熱力考査アリ、計算問題ヲ失ス。不十分ノ準備ヲ悔ユモ之ガ常例ナルカノ感ヲ抱ク。誠ニ遺憾千万ノ事ナリ。緊張ヲ要ス。
訓練遊泳 明日ノ二千米第二類遊泳競技ニ備へ約千五米ヲ泳グ。遊泳ハ一向ニ実力ノ向上遅々クリ。訓練止後整列時、十分隊一学年三原不在ニテ十分隊一号ハ無責任トテ恥ヲ公開サル。余ハ教官ノ敢テ下級生ノ前ニテ恥ヲ辱シメラレシ御処作ヲ云々スルニアラネド誠ニ一号ノ面目無シト遺憾ニ思フ。更ニ最後ノ努力ヲ以テ団結シ進ムベキナリ。本日夕食後分隊監事ニ貴重ナル時間ヲ籾山様卜関係ノ指示ヲ仰グ。
八月十九日 木曜 気象 晴
本日教務ハ要務。物理考査アリ一間完全ニ失ス。「ラヂオ」解説ノ印刷物ヨリ出ルトハ不覚ナリ。未ダ準備不
十分、駄目 駄目。
訓練二千米遊泳競技ナリ。余頑張リタルモ八十五位ナリ、五十位内ニ入ル覚悟ナリシモ遺憾ナリキ。而シ総員六百余名ナレバ自帽トシテハ先ヅ普通ノ成績ハ収メタリト信ズ。
本分隊成績第九位、平均二百七十七位ナリ。最近一週間程航空搭乗者ヲ主目的トシテ電信術ヲ温習前半練習中ナルモ中々上達セズ。末ダ四十字/一分程度ナリ。
八月二十日 金曜 気象 暗
本日教務 教育兵術ナリ。眠気ヲ催スハ残念ナリ。
訓練ハ遊泳検定。七米飛込、四米後飛込、四米跨飛込、早泳、平泳型ノ検定ナリ。本日後半温習時一詩ヲ作ス。
南海風濤捲地来
吾当終業馳戦場
男子出陣誰翼生
願留魂魄護皇城
八月二十一日 土曜 気象 晴
工作教業ニハ最後トテ「ニューギニヤ」方面海軍陸戦隊主計大尉ノ記述ニヨル戦訓ヲ聞キ「ブナ」作戦ニ於ケル陸戦隊ノ労苦ヲ知り驚嘆ス。中ニハ一兵員ノ如キハ食料不足ニテ空腹ノ余り防暑服(自キモノ)ガ餅ニテ作製
シアルカノ如ク錯覚ヲ起シ之ヲ食シタルモノアリ(食ツテシマッタ)ト又戦訓トシテ皮帯ハ「スルメ」等ノ如ク食料ヲ以テ作製スベク考慮ヲ要スト。余ハ恵マレタル本校生活ニ於イテ到底斯如キ窮極ノ生活ヲ想像モ出来ズ。草ヲ喰ヒ衣服ヲ喰ツテモ戦ヒ続ケナケレバナラヌ任務ノ達成シ得ザル中ハ如何ニシテモ自ラ死スル訳ニハナラヌノデアル。此ノ時コソ「易死難処死」トノ言葉ノ解ル事卜思フ。死シテ責任ノ済ム事ナラバ草ヲ喰ム事ナク突撃シテ死スル方ガ易シデアル。ヨク熟考スベシ。
本日訓練ハ相撲、 田中先生来校サル。一学年生
徒トハ初メテノ一緒ノ相撲訓練ナリ。大イニ張切ツテ「ブツカリ」ニ台トナリテ鍛フ。暑サ酷シク相当疲レタレド訓練止後柔道検定ナリ〇 ・
橋本(初段)見事ニ極リテ勝ツ
推野(初段)引分ス
詑摩(二段)引分ス 余ノ方優勢ナリキ
今日ハ久シ振リノ訓練ナリシガ技備ハ十分発揮シ得クリ。二段トハナリ得卜一人喜ブ。
軍歌後一学年生徒卜共ニ軍歌練習ヲナス。(約一時間)随分今日ハ疲レタリ。夜菊池卜水ヲ呑ミテ楽シム。
八月二十二日 日曜 気象 晴
本日分隊監事ノ御宅ニ遊ブ。
色々御話ヲ承り艦船部隊生活ノ楽シミ等楽シカリキ。菊池卜囲碁ヲナシ皆ト「トランプ」ヲナシ笑ヒ遊ビ十六時迄御邪魔ス。沢山ナ御馳走ニ与り感謝ニ堪へズ。
八月二十三日 月曜 気象 晴
本日講演会アリ。第二類分隊講演会
一、世界一化 二号 下平 正義
戦ノ勝敗ハ皇道全世界ニ拡ムカ、或ハ最悪ノ敗レタル時ハ米英ノ野望ニ全世界ニ委ヌルカノ何レカトナル。而シテ飽ク迄皇道世界一化デナケレバナラズ
之ヲナスハ一ニ我々青年ノ任務デアル。
二、愛国心 三号 児玉 哲郎
忠君ハ畏レ多キ事乍ラ我々ガ父母ニ仕へル 孝行卜同様止ムニ止マレヌ所ヨリ出ル事デナケレバナラヌ。
国家危急存亡ノ時之ヲ突破シ得ルモノハ国民ノ熱烈ナル団結ニアル。
三、母の恩 三号 大海 鎮雄
四、反省の糧 二号 植松 昇
古ノ人ニ比シテ現在ノ人ハ国ヲ想イ身ヲ尽ス点ニ於イテ徒ラニ形式ニ走リ精神ニ於イテ劣ツテイル様ナ気ガスル。宜候ノ精神ニテ先ヅ大ナル目的ヲ作リテ而ル後近キニ目的ヲ?マヘ次々ト近キ目的ヲ果シテ終局ノ目的ニ達スル事ガ必要デアル。
感激ノナイ生活ハ平坦デアリ目的ノナイ生活ハ生活デナイ。
五 清明心 三号 大田 進
六努力 一号 合志 秀夫
八月二十五日 水曜 気象 晴
水力学実験、螺旋軸流「ポンプ」ノ性能試験。暑気酷シク元気ニ乏シキ生活ナリ。緊張ヲ要ス。
本日訓練相撲検定
余ハ昨年病ノ為殆ソド相撲訓練ヲナサズ、一学年ノ級ニ止マリ三級ナリ。奮発シ元気一杯闘ウ。
三級二人(三田、富田〕ヲ抜キ、二級宇都宮ニ勝ツ。余ハ入校以来ノ念願スル訓練総課目一級以上ヲ果シ度ク願望ス。今日ノ成績ニテ一級トナリ得ルヤ否ヤ?
八月二十八日 土曜 気象 晴
本日水泳競技ナリ。日々ノ訓練モ今日一日ノ為ト分隊員意気昇天ナリ。第一回下平溺者救助一着。続イテ笠松潜水一着(驚嘆ノ至リ)余モ又横泳百米一着(1分23秒)ヲ得タリ。
総合成績 我が分隊一位ナリ。惜シミラクハ二千米第九位ナルモ本日ノ健闘見事ト云ウベシ。
1、配員適当ナリシ事。
2、各人ガ準備ニ万全ヲ尽セシ事ニヨルト思考ス。
御両親明日来校サルルト電報ヲ受ク。
夜最後ノクラス会ヲ行ウ「機五十三期総会」規則ニツキ研究ス。
八月二十九日 日曜 気象 晴
本日分隊送別会ナルモ父母来校ノ通知アリシ為学校ニテ待ツ。〇八三〇校門ニテ出迎フ。父母上共御壮健ニテ喜ビニ堪へズ。父ハ何度モ舞鶴ニ来ラレシモ母上ハ初ニテ色々御案内シ安心シテ貰ヒ比ノ設備ノ下ニ暮ス幸福ヲ母上モシミジミト喜バレタリ。六十ノ老躯、汽車ニ弱キ御両親ガ酷暑ノ中態々私ノ為ニ来テ下サレシ親心ヲ思ヒテ感激ニ館へず。
父上ニハ籾山様ノ話ニテ山崎学年監事ノ御宅ニ御伺イセラル。一四四五 駅ニテ御別レス。母上トハ又オ会イスル機会無キヤモ知レズ。別レ惜シム。
八月三十日 月曜 気象
本日教務、要務通信。訓練 由良海岸ニテ遊泳(第三学年ノミ)水清ク砂浜ニテ昨夏ノ楽シカリシ事共想起ス。水稍冷シ。岩ノ間ヲ潜リ魚掴ミニ遊ビ久シ振リニ伸ビ伸ビトシタル純清ナル心持チトナリ愉快ナリキ。
八月三十一日 火曜 気象 晴
本日授業。 教育 機械力学
訓練 合気武術 上柴先生指導。
(ニュース 42号14頁)