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池田仲光君の故郷に送った手紙

前略

九月三十日を以て、考査終了、ホッとする間もなく彌山競技練習開始となりました。

兵学校に於ける競技にはその前一ヶ月は猛練習を行い余計な脂肪なんか取ってしまって競技に最善を盡す様にしてあります。

考査と言うとちょうど入学試験と同型式です。時間は一課目につき二時間か三時間で、課目も数学には三課目(微分積分)(解析幾何)(三角)と英語、国漢、歴史、精神科学、それに理科としては二科目(物理、化学)、軍事学として(航海、砲術、機関)の三科目等、約二週間毎日毎日考査許りです。一日に二科目位ですが、中学校時代の様に一夜漬なんか絶対に出来ません。

範囲は大抵、百頁から二百頁位です。活字はわさわさ。普通の自習時間以外には殆ど勉強する時間などありません。

生徒は皆参考開始一ヶ月前より猛然と準備に取り掛かります。毎食後の二十分間、三十分間等と寄せ集めては準備に余念がありません。怠け者なんか一人だってなく、皆我劣らじと勉強します。

考査の前夜なんかとても物凄く、身動きもせず、只最后の仕上げと死物狂いになります。然し、巡検用意後ベッドの上ではそんな事なんか皆忘れて、一日の出来事を愉快に話します。

巡検のラッパにすやすやと明日の考査よ、成績よかれと念ずる中に眠ってしまいます。やがてほの白くなったと思うと、起床ラッパ、ラストサウンドを待ち遠しと許りに、毛布を蹴って寝台より跳び降り、ハク、着る、整頓するの起床動作、ものの一分半と経たない中に、ダダダッと廊下をまっしぐらに洗面所へ、忽ちの中に肉塊の波が生じ空気は為に温くなる位、用便をすませばまた練兵場へまっしぐら、体操位置に並んで三軍叱咤の号令演習「右砲戦」「教練会戦準備晝戦に具へ」等、愈々明るくやなるや清澄の江田湾をバックに体操、「誘導振回転振手を上に組んで胸を反らせー始めッ」号令官の声もさすがに緊張している。

室内室直が終われば、食堂の前に集合、食ことのらっぱをまつ。しょくじがおわれば、いよいよさいきさきのしうえ、げ

昨日より覚え込んだ要点をピックアップして先ず一通り目を通す。課業整列終わって当直監事の令にて、行進、一路講堂に向かって勇往邁進、生徒館の意気も此の通りとばかりに元気一杯大地も壊れる許り。八時十五分より、試験開始、「つけ」にて着席、「カカレ」にて答案に書く。答案用紙は入校試験の時と同型同質のものです。

 

 二時間もたつと一人退席又一人退席と退場して行く者の数も多くなる。然し、何くそ最后までがんばれとばかりに答案とニラメッコすれば不思議に昨夜覚えた事が思い出されてくる。先ず出来るのから出来るのからとやって行く。そうして午前中がすむと、又午后の考査、全く午前のと同じ。三時半より四時まで分隊単位の体育「ドッジボール」「キックボール」「猫と蝋」「タッチ」等愉快此の上もなし。

終われば夕食迄又猛勉強明日に備えて一心不乱となります。こんな生活が約二週間続きます。朝はとても忙しく、駈歩以外は許されません。勿論朝食迄は敬礼をし、欠礼なんかすると一号生徒より猛烈にしめられます。
 
 考査の事は此の位にして、天下の名物棒倒しの事について。

「生徒呼ビ」のラッパにて、各部毎に生徒館に北面して整列。その整備を週番生徒に届ける。週番生徒より「本日の棒倒しは第一回一部対二部、第二回 三部対四部・・・」と言い渡しがあり、「第一回配置につけ」のラッパにて、第一回のものはすぐ配置につく図の通り。書く整備の終わった時「気ヲ付ケ」のラッパ、次に「進メ」のラッパ! 此の「進メ」のラッパが鳴り終わるや否や、ワーッと叫ぶ青年の意気、遥か古鷹の霊峰に「コダマ」して○○にもひびけと許りの雄叫び!一大渦流!といっても青年の肉で出来た一大飛沫、激流岩をかむのかと、敵防御陣に殺到と見るや、敵の遊撃もさるもの、「ドッコイ、ソウハサセジ」とばかりに前方に立ちふさがる。

我武者羅につっきって行けば目指す敵の本隊、先ず下級性は堅確な台をつくる。その上を味方の上級生は鉄拳を提げて、旗竿目指して猛進すると見るや、敵は、又これに応ずるに鉄拳を以てする。暫し鉄拳の雨は飛ぶ! 血は流る、呼吸は困難を感ず。身体はかすかな意識によって生気を保持する。両側から押される。背中をダダッと跳び越え、躍り越えて行くのが身に滲みる。堕落する音。鉄拳の音。然し、悲鳴は一つだに聞こえない。あたりはさながら修羅場と化す。棒倒し服は血に染まる。首や腕はダルクなる。眼は昏くなる。あたりは何となく静かになった。急に足場の草の色がボーッと見える。しかし、まだ死んではいない。正気はある。勝ち抜くまでがんばるんだと心を励まし、励ましがんばっていると、「待テ」のラッパ続イテ「休メ」のラッパ。嗚呼天は遂に勝利の栄冠を我に下したのだ。見よ、斜に倒れた敵の旗を!我が旗はヒラヒラと天空にたなびいている。勝利を得たる青年の喜び!若人の興奮!心身を注ぎ盡した此の戦に勝利程嬉しいものがあろうか。間もなく、万歳絶叫遠く秋天に消えて行く、真剣だった棒倒しも終われば入浴。バスの中では武勇談に花が咲く。

「俺はナ偶数分隊の真中に突進して行ったらトタンに撲られチャッテナ、エイクッと一思に相手を六ツ許リハリ倒してしまったよ。後はいくら撲ったか一寸見当がつかん」と言えば

「貴様はダメだぞ。俺は相手の一番先頭の奴と一騎打サ、痛快ダッタよ。後は無我夢中で頭もなければ尻もない。何がなんだか分からない」と楽しきバスの話はつづく。

ご両親様にもよろしく、又、お便りしましょう。

池田仲光


中学の後輩が海軍兵学校に合格した時送った手紙

 72期で入校した池田仲光君が中学の後輩月岡君に送った手紙。

(どうしても判読できないところは●で記入した。)

 万歳合格おめでとう。

 力戦奮闘よく合格の栄誉を克ち得られて何よりです。一方ならぬ諸々の援助の中にも、貴君の既住五ヶ年の血の●進の結晶が今日あるを築き上げたる外ならないと信じます。

 謙譲は卓越せる人々に共通な美徳とは申すものの自己を讃め、自己に感謝したまえ!天は自ら助くるものを助くるとか。

 合格の飛電も敢て不思議ではありません。喜びたまへ。泣き給え。青年は第二の誕生とか、人生の第二の誕生に於いて、見事に他を圧する事の出来た喜びに!

 勝利の楽しさに、又覇者の夢に!入校する迄僅か。一ヶ月ゆっくりと浸り給え。時は晩秋、将に消滅せんとする草木の中に独り貴君の光のみ香ゆたか!!

 では、合格通知より、入校迄について、少しでも為になったら本望です。

 合格の電報を受取り次第すぐ希望する旨返電、ほっと胸を撫で下しました。

 それから「誓約書」がいつ着くか着くかと毎日待っていても中々到着しません。

 一週たち、十日たちする中に段々と焦燥の気に駈られて来て、もしや返電が届かないのではなかろうかと心配しました。そうなるともうじっとして居られず、速達でまだ「誓約書」が着かないがどうしたものだろうかと問合せました。所がその返事も来ず愈々心配の色が濃くなって来た頃二週間もたって、やっと、入手しました。その時の喜びは何とも言えません。

 ―   貴君もまもなく味わえるでしょう―

 書くべき事項には書き、捺印すべき所には捺印し、大事に「トランク」の中にしまい込みました。

 誓約書は二通あって両方とも筆で自書の事、第一保証人は父母又は祖父母(但しなるべく父)第二保証人は近親者の者又は知人等(但しなるべく叔父、兄)を書いて捺印が済めばそれでもう心配はありません。

 着校に関しては又いづれ詳しくお便りします。

 汽車と汽艇等の関係からN駅発午前六時五十分頃のが最も便利です。

 大分試験場で合格した者は二三人でその中母校からは貴君、M君(74期で卒業)の二人、宇佐より一人、臼杵より三人・・・です。

 終りに健康だけはよく保って置く様お願いします。

 御両親様にもよろしくお伝え下さい。

仲光


池田仲光君が後輩月岡君に出した手紙

拝啓、愈々着校期日が近づいて来ましたが、心配の必要はありません。うんと立派な身体にしてやってくる様。何はともあれ、兵学校は軍人養成の学校で、最初は一寸苦しいのは当然ですが、分隊生活と言う変った制度ですから不思議に思う点も多いと思います。

 伍長、伍長補は他の一号生徒を率いて、入校教育に当たります。起床就寝動作、姓名申告、五分前の動行、姿勢、敬礼等十日位たつと、隊務が始まります。大掃除の雑布は又苦しいものの一つとなります。先ず入校すれば起床動作、暫くすると雑布と大抵相場は決まっています。

 起床動作も早い許りが能ではなく綺麗にやらないと週番生徒から遠慮会釈なく、倒されます。所謂江田島地震と言って、甚しい時は、自分の毛布が何処に行ったのか分からない事があります。入校教育中は外出を許されず、相当糖分が欠乏します。尤も非常時下の関係上、兵学校でも段々と物資が不足して来て、酒保なんか思う様に買えなくなりました。然し、生徒は不平も言わず、勉学に勤めています。入校すれば、とても腹が空きます。

 入校教育が済めばそれ程でもありませんが、毎日朝から晩までカケッコをやっているみたいな、入校教育ですから尤もな話です。
着校する迄に、娑婆を捨てて兵学校に這入る迄に、のんびりとして、保養をすることです。
 シメラレル事だけは確かですから、その点を考えてないと、私の去年の経験を踏む事になります。食事の事について、兵学校料理は魚と芋と大根はつきもので、どんなに魚の嫌いな人でも必ず好きになれる位毎日毎日食べさせられます。

 再検査は前々も言った通り、何の心配も持たず元気にやってくる事です。他によったり留まったりなんかせず真直に校門に来て受付をすまし、倶楽部に行けば後は倶楽部の小母さんがしてくれます。父母兄弟の年齢と生年月日とは必ず何かに書いて置くこと。入校前調査書があって、書き込む様になっています。(着校したら教官より渡される筈)
自己の特技、趣味、座右の銘、愛読書、志望の動機等も書きこみます。)

 入校教育は主として、陸戦(不動の姿勢から始まり小隊教錬迄)短艇橈漕法、武道(柔道、剣道、銃剣術)体操、精神教育、精神科学、三角(初歩のみ、中学校で習う教科書の付録のラジアンで計算するところ)位のものです。では又。


仲光

(73期の月岡様の兄の孫 月岡真澄様から頂いた)

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