ブログ 平成21年2月分
日記 2月28日 70期だより(21.2)
70期だよりを頂きました。なにわ会ニュースのあと、会員に情報を配布する参考になると思いますので要約してみます。(B5版 14頁 ホチキス留め)
1 70期の殉職者を悼むと題して、戦時中の殉職者24名と戦後の殉職者3名計27名の名前とその時の状況が述べられている。さらに、戦争犯罪に問われて刑死された1名の方についてもふれている。(6頁)
2 報告事項として
a 70期だよりと連合クラス会記念誌の発送
b 10月27日の昼食会の報告
c 熱海光雄様偲ぶ会の状況
d 第6回靖国神社永代神楽祭の様子
1400〜1445
参加者70期 ご遺族27名 会員・家族25名
機51期10名 経31期8名 計70名
他の参拝者約30名
終わって1500から靖国会館で直会実施
1645解散
3 訃報
光本 卓雄 様 H20.4.26没
佐藤 嘉三 様 H20.12.23没
森川 久男 様 H21.2.3 没
日記 2月27日 74期会報受領
74期の江鷹355号(3月1日発行)を頂きました。
74期は今年12月の全国総会で幕しめされますが、その準備としての全国幹事会が昨年12月1日行われ、参加した幹事の報告が5件掲載されています。
43期、44期飛行学生の会が4月5日開催される記事がありました。
小灘利春君の長女裕子さんのピアノ演奏会について参加した人の詳細な報告がありました。次のとおりです。
『花の35分隊 小灘裕子さん主催
師父追悼ピアノ演奏会 』
海軍兵学枚花の35分隊会遺族会貝でピアニストの小灘裕子さんは、かねて父利春氏(72期35分隊1号、全国回天会会長、、平成18年逝去)とピアノの恩師中田喜直氏とのための師父追悼演奏会を念願したところ、平成20年11月1日、新装なった東京丸の内の日本工業倶楽部大ホールにおいてこれを開催し、もって大願成就を果たされた。
35分隊会は、平成20年5月30日に箱根のホテル「はつはな」で行われた第40回分隊会で解散したが、本演奏会は、解散後の分隊会有志による初の支援行事となつた。
上記小灘利春氏は、35分隊伍長の池田武邦氏(72期、元株式会社日本設計社長)と共に、奥様ともども分隊会の常連参加者であった。小灘氏の長女裕子さんは、フェリス女学院大学でピアノを専攻し、卒業後、外はウィーンに出てピアノを学び、内は故中田喜直氏などに師事しつつピアノの演奏活動をしてきた。35分隊会にも数度参加し、ピアノ演奏を披露されたこともある。今回の演奏には、お弟子さんなど4名のピアニストや声楽家が協演した。当日の参加者は、満席270名に達し、頗る盛会であった。
演目は、次の通りで、行き届いた選曲は、時に力強い連弾、時に繊細な独奏によるピアノと歌唱により、会場の重厚な雰囲気によく調和して感動一入であった。演奏会終了後は、有志約60名で、東京駅近くのレストランで懇親会を催し、楽しく談笑した。
演 目
@中田喜直作曲
夏の思い出(ピアノ2台 8手連弾)、
日本の四季(1台 4手連弾)、
軍艦マーチ によるバラフレーズ(2台 4手連弾)
小さい秋みつけた、
めだか の学校他(ソプラノ歌唱)
Aショパン作曲
ワルツ(ピアノ独奏)、
プレリュード(同)
B信時潔作曲
海ゆかばのジャズインプロヴィゼーション
トーク
@中田家のこと 中田冨久(35分隊会遺族会貝、中田喜直のいとこ、72期35分隊伍長補故中田隆保の妹)
A中田隆保君と小灘利春君の思い出 池田武邦
B作曲家の妻となって 中田幸子(中田喜直夫人)
訃報
藤井 章一様 21年1月2日没 会員数523名
(21年1月1日現在)
コメント 小灘裕子 at 2009-03-10 23:52 x
こんにちは、記事を載せていただきありがとうございます。
メールの方に当日の写真を添付いたしましたので、ブログに載せていただければ、幸いに存じます。
日記 2月25日 ブログ
21年1月ブログを整理してHPに取り込みました。
日記 2月23日 HP
HPのサブ頁の「TOPへ」でTOPの頁に戻るように、戦記、戦没者関連、物故者関連、遺墨のサブ頁の修正終りました。これからも残りの頁の修正頑張ります。実に沢山の記事ですので大変です。
日記 2月22日 テレビ
今日1900−1945放送された回天のテレビ拝見しました。山田 穣君が2回出ていましたね。
日記 2月21日 テレビ放送
明日22日(日)1900〜1945 NHK hi で次の回天に関する放送があります。証言記録 兵士たちの戦争「人間魚雷 悲劇の作戦〜回天特別攻撃隊〜」
太平洋戦争末期、誕生した特攻兵器「回天」。魚雷に人間が乗り込み米艦隊に突っ込む“人間魚雷”である。100人を超す若者の尊い命が太平洋に散った作戦の真相に迫る。
日記 2月19日 会計報告、入金報告
先日窪添龍輝君から頂いた会計報告と入金報告の整理終わって印刷屋に送りました。
これで100号の原稿全部印刷やにお願いしました。
年会費未納者と連絡報代未入金の方には今度の100号に振込用紙を同封します。この作成も終りました。
これで100号関連作業は一段落です。
コメント 深井
伊藤様、大役お疲れ様でした。貴重な記録として残っていく事と思います。今読んでいる徳間文庫「特攻長官大西瀧治郎」生出寿著に旭輝雄氏深井良と同じ21分隊の宮地氏の記述(60p)がありました。「富士(旧姓宮地)栄一(兵学校72期)は、当時少尉の艦爆乗りで、台南空艦爆隊の飛行隊士兼教官をしていたが、宮地が霞空での第41飛行学生教程を7月末に卒業し、同空に着任したのは8月はじめで、その約1か月後に関が着任したのである。〜宮地は関と気が合い〜」また、多田武中将(40期)のご子息多田圭太(72期、第三神風特別攻撃隊第二朱雀隊長)の記述(94p)もありました。
コメント 伊藤
コメント有り難うございました。冨士君は72期の名士でしたが、押木も昭和60年に亡くなっています。その時の追悼文が15件HPに残っています。
日記 2月17日 74期談話室
74期談話室にあった記事の要約です。
『「昭和20年2月16日 ・・・ この日は、早朝から ”警戒警報” が発せられ、「飛行生徒」だった吾々は、朝食後、訓練に向かうこと無く、飛行服姿でバスに分乗し、霞が浦の湖岸に掘られた「防空壕」に終日 身を潜めた。同じ事は、3日間続いた様に記憶して居る。此の時、本州中東部の太平洋岸一帯は、米海軍の空母10数隻から成る大機動部隊の空襲を受けたので有り、前記の如き保護を受けた吾々は、無事この難を遣り過ごしたが、我が戦力の受けた被害は多大であった。その一端は、手許に有る「日本海軍 戦闘機搭乗員名簿」からも察せられる。
( この間に戦死された 72期の先輩は、2/16 秋山武男(筑波空)、池田秀親(同)、岸雪雄(同)、斎藤敏郎(同)、福島俊一(同)、立川鶴雄(谷田部空)、村田善則(同)、2/17 赤井賢行(302空) 以上 8名にも及んで居り、感慨無量である。
実は、是に先だって、2月の初め頃だったでしょうか、夜の自習室に突然、第3種軍装に身を固めた士官が訪ねて来られた事があった。 ”小宮山は此処に居たか” と入って来られたのは、15分隊の一号だった 斉藤 敏郎さんでした。 斉藤さんは、筑波の戦闘機の教官をして居られるのだが、戦況が切迫して来たので、練習航空隊の教官も邀撃に当たる事となり、その為の戦闘機を霞空に隣接する「第一航空廠」へ受領しに来たが、貴様らが 此処に来て居ると聞いて訪ねて見た。しっかり やれ と励まされ、見送った。 何時までも 忘れられず、ひたすら 合掌するばかりある。」
松本春久氏のコメント
「昭和20年2月16日(金)は小生も忘れ得ぬ日です。この日、霞ヶ浦湖畔の防空壕で 関大尉の「神風特攻開始」を初めて聞き、そして矢田部空から邀撃に飛び上がった 母校・麻植中学の先輩:立川鶴雄大尉(49分隊伍長) 私に「兵学校受験」を勧めてくれた恩人で、5日前の紀元節に、矢田部空へ彼を訪ねて 励まされたばかでした)の命日です。凛々しかった面影を偲び、ご冥福を祈ります。」
森本伊三男氏のコメント
「池田秀親先輩、11分隊の1号生徒。短艇係。岡山一中。物静かな方で諄々と諭すような話しぶりが、今でも強く印象に残っています。ポンドでの3号の垢汲みを、帽子を目深にじっと眺めておられました。お懐かしい名前を見出して感無量です。」』
以上が書き込み及びコメントですが、20年2月16日には72期の航空要員10名が戦死、17日には3名が戦死しています。戦死した者が一番多かった日は19年10月25日で19名が戦死しているが、航空要員は2名だけであった。航空要員の一番多数が戦死した日が2月16日であった。
日記 2月16日 連絡報費
昨日頂いた入金報告を整理、分析してみました。
連絡報費の納入状況(先払いの年会費から充当―今回入金―未入金―退会または長期未購読の順)
兵 会 員 4ー99ー33ー11
兵 物故者遺族 13ー46ー25ー53
兵 戦没者遺族 15ー78ー48ー216
機 会 員 0ー17ー5ー1
機 物故者遺族 2ー9ー1ー20
機 戦没者遺族 1ー9ー5ー42
経 会 員 1ー11ー3ー1
経 物故者遺族 0ー4ー3ー9
経 戦没者遺族 0ー3ー1ー15
会 友 1ー3ー4ー0
購 読 会 員 0ー16ー4ー0
合計 納入済みの者 315名
納入の可能性のある者 108名
合計423名になります。
会員で未納の方には100号配布時、振込用紙を同封しますので振り込んで下さい。
日記 2月15日 入金報告、会計報告
窪添龍輝君から入金報告と会計報告を頂きました。現在約500名が会費を払ってくれていますが、これの整理、会計事務本当に大変だと思います。加藤君から引き継がれてからもう15年の長きにわたって担当してくれています。会員から感謝の言葉もよく聞きますが、これからもよろしくお願いします。
連絡費、ご遺族と購読会員の方の振込随分多くて驚いています。一方、会員には全員振込んで貰うつもりでしたが、案外忘れた方がおられますね。未納の方には100号配布時に振込用紙を入れますのよろしくご協力下さい。
日記 2月13日 田村氏追加寄稿
故田村尚信君(20年1月15日比島で戦死)の弟 浩様から寄稿を頂き、100号に追加いたしました。
先日の新連絡網について上野三郎君、泉五郎君からご意見いただきました。次のような考えで案を作ってみました。
発信元は伊藤正敬です。
発信元から第1受信者にパソコンで流します。
ただ一人、三好君にだけにはFAXを使います。
第1受信者には平均5名を第2受信者としてつけます。
第2受信者のうち、情報の欲しい人は、自分担当の第1受信者に情報の配布をお願いしておきます。
第1受信者は担当している第2受信者のうち、情報配布を希望してきた人にだけ適当な方法で情報を配布します。
新しい連絡網を100号に掲載し、3月15日から施行したいと思います。
この案は従来のように総員に流すのでなく、第2受信者には希望者にだけ流れるようにします。発信元の手間は従来に比べれば随分楽になります。ただ、第1受診者が毎日メールかブログを見てくれるのが前提です。
日記 2月10日 連絡網
数日前、関西の石井君、今日、東京の新庄君から電話があったので、先日の大谷君逝去のことを尋ねたらお二人ともご存じなかった。
長年つちかった同期の絆、せめて親友の状況は知りたいと思うのは当然で、なんとか訃報だけでも即時情報を配布して欲しいという希望があった。
大谷君の時はHPとブログで流したが、今後出来れば新しい連絡網をつくり、お知らせしたいと思います。今その案を検討中です。ご意見のある方はお知らせ下さい。
コメント 上野 三郎
連絡網はあった方がいいと思いますが、出来るだけ簡便化するためパソコンのある方をキーにしてその人から次に回す様にしてはどうでしょうか。(パソコンのある方はпAFAXの対象から外す)
Commented by 伊藤 at 2009-02-12 05:00 x
コメント有り難うございました。他の方のご意見もお待ちしています。一案作成中です。
日記 2月9日 100号発注
なにわ会ニュース100号本日印刷屋に発注しました。
日記 2月7日 69期会報
兵69期 会報(21年2月発行)29号(48頁 A5版)を頂きました。
このクラスの会報はご遺族の世話人が担当されています。
1 訃報(月日は亡くなった月日)
斎藤 一好様 1月27日・木内 哲朗様 2月18日
岩下 康弘様 3月4日・千馬 良人様 3月19日
筆前 亨様 4月1日・門脇 尚一様8月5日
唐戸 義夫様 9月12日・伊藤 年典様10月19日
2 20度靖國神社慰霊祭
平成20年10月11日実施。終わって懇親会
参列者
戦没者ご遺族59名、物故者ご遺族5名、
クラスメート6名 合計70名
日記 2月6日 78期会報 銀優勝杯
兵78期会会報51号(21年2月発行)を頂きました。
78期は今年11月6日江田島に於いて江田島傘寿の集いを計画しています。
このクラスの会報の記事は地区の集まりと分隊の集まりの記事が多い。(145頁中45頁)
なにわ会の購読会員であった川井田勝君が20年10月に亡くなりましたが、その追悼記事が掲載されていました。
なにわ会のゴルフ(CGC)の優勝カップについて、これを譲り受けった海上自衛隊幹部候補生学校18期生会長の石川様からその経緯について寄稿をいただきました。長年親しんだカップの行方について最終号にぜひともふれたいという泉五郎君の熱意の成果であります。
日記 100号印刷発注
なにわ会ニュース100号来週月曜日(9日)印刷屋に発注します。
本文192頁、表紙、序、目次等で16頁合計208頁になります。
なにわ会のゴルフCGCの優勝カップを譲渡した海上自衛隊幹部候補生学校卒業18期のゴルフ会(とわの会)から一言投稿頂くことになりました。カップのその後が分かり楽しみです。
日記 2月4日 関西なにわ会
桂理平君から「関西なにわ会京都」開催についての案内を頂いた。
@ 日時21年3月31日(火)1100〜1500
A 集合場所 京都地下鉄「今出川」南改札口
B 懇親会場 ホテル平安会館2階宴会場
C 案内状発送先 26名
向井寿三郎君から先日の投稿の校正が帰ってきました。投稿者の意志を尊重して希望どおり訂正しました。
日記 2月3日 67期ご連絡 後藤寛君投稿
兵67期 ご連絡(20年12月発行)をいただきました。(A4版 16頁)
次のようなことが書かれています。今後の連絡報の参考にしたいと思います。
1 訃報、敬弔 2名逝去 生存会員20名
2 行事
永代神楽祭 6月17日実施
参加者 級友5名、家族3名、遺族12名、
四火会 2回実施(参加者6名・4名)
3 21年予定 永代神楽祭・忘年クラス会
4 級友消息 生存者20名の消息
5 ご遺族消息
6 会計報告
以上が16頁に纏められている。
会友の後藤寛君から大谷君の記事を頂きました。これで100号の原稿、会計報告と入金報告を除いて全部完成しました。これから順次頁をつけなおして来週印刷屋に発注いたします。