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（昭和十六年四月十六日）

着任ニ際シ校長訓示

　謂フ迄モナク今日本ハ国ヲ挙ゲテ戦争ヲシテ居ル。諸子ノ先輩戦友達ハ現二支邦二於テ或ハ航空戦ニ、或ハ掃海ニ、或ハ沿岸封鎖二各方面二於テ奮戦ヲ続ケ以テ護国ノ大任ヲ完ウシツツアルノデアツテ此ノ間不幸ニシテ或ハ傷キ或ハ斃レタ人モ亦少クナイノデアル。
　斯様ナ時機二於テ諸子ハ此ノ江田島ノ別天地デ悠々卜勉強ガ出来ルト云フコトハ何タル有難イコトデアルカ。之ヲ考へルト決シテ怠ケル訳ニハ行カヌ。同時二又今日斯ク緩リト勉強ヲサセテ下サル御上ノ意ノアルトコロヲヨクヨク考へテ落着イテ専心学業ニイソシミ、以テ軍人トシテノ確リシタ根底ヲ築カナケレバナラヌト思フ。

　ソコデ凡ソ軍人トシテ其ノ職責上絶対必要ナコトハ何デアルカ、ソレハ勿論「戦二強イ」ト云フコトデアル。本校ニ於ル教育ノ本旨モ帰スルトコロハ真ニ強イ軍人ヲ作り上ゲルコトニアル。我々ハ戦二臨ミ、敵二当ルノ職デアルカラ何時如何ナル場合ニモソノ心掛デ努力セネバナラヌ。

　扱テ軍人ガ戦二強イタメニハ単二匹夫ノ勇デアツテハナラヌコトハ明ラカデアル。況ヤ諸子ハ将来指揮官トシテ部下ヲ統率スべキ人デアルカラ将トシテノ器量ヲ備へナケレバナラヌ。ソノタメニ今、本校二於テ其ノ素地ヲ作リツツアルノデアルガソレニハ先ヅ「正シキ心ヲ養フ」コトガ第一デアル。

　御勅諭ニモ「一ツノ誠心コソ大切ナレ」ト御諭シニナツテアル。之ハ誰ニデモ大事ナコトデアルガ軍人ニハ殊二大事デアル。軍人ノ仕事ハ命ヲ的ノ戦デアルカラ心二虚偽リガアツテハイザト云フ場合二本当ノ仕事ハ出来ヌ。心ガ正シクナケレバ事二当り色々ノ迷ヲ生ズル。戦場二於イテ迷イヲ生ズルコトハ戦二勝ツ所以デハナイ。本当二正直ナ人ハ本当二戦二強イ人デアル。至誠天二通ズル楠公ノ如キ、東郷元帥ノ如キ人ニシテ初メテアノ様ナ立派ナ戦ガ出来ルノデアル。

　然シ我々凡人ハ常二色々迷フコトガアル。然シナガラ「ヤラウ」ト云フ志ノアルモノハ常二工夫ヲシ努力ヲシテ少シ宛デモ聖人二近ヅクコトガ出来ル。此ノ真実ナ心掛ノアル人ニハ日常ノアラユルコトガ皆自分ノ修養ノ資デアルト思フ。諸子ハ先ヅ常二正シキ心ヲ養フコトニ努メナケレバナラヌ。而シテ其ノ正直ナ心持ノ上二於テ自ラヲ省ミテ真二立派ナ軍人ニナルニハドウシタラヨイカヲ考へナケレバナラヌ。人ハ皆素質ガ達フ、体力ニ於テ精神二於テ頭脳二於テ皆夫々ノ持前ガアル。其等ヲ自分自身省ミテ強イ軍人トナル二何処二力ヲ入レルべキカヲ考へナケレバナラヌ。教官ノ深切ナル指導二依り進ムべキ路ヲ明ニサレルノデアルガ結局ハ諸子自身ノ反省努力ガ諸子ヲ作り上ゲルノデアル。今モ述べタ通り色々素質ハ違フガ然シ一片耿々タル尽忠報国ノ志二至ツテハ皆誰ニモ負ケナイト云フ覚悟ヲ持ツテ居ルモノト信ズル。ドウカ此ノ堅イ志ノ下二正シイ心ヲ養フコトニ励メ、何時デモ正直二自ラヲ偽ラヌ心持デ物ノ本筋二於テ些小ノ狂ヒモナイ様二心掛ケツツ学業ニ努力シテ欲シイ。

　斯クシテ真二立派ナ武人トナリ報国ノ誠ヲ尽シテ貰ヒ度イト思フ。

　着任ノ初メニ当リ特ニ「正シキ心ヲ養フ」ト云フコトニ就キ一言シテ置ク。 

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