姓名申告
1、桜花咲く線の風に 軽く吹かれて校門入れは
俺も今日から 生徒さん 腰の短剣 伊達作り 我等兵学校の三勇士
2、夢も束の闇 夜嵐吹けば 姓名申告 凄面揃い
足の震えを何としよう お国靴りが恨めしい………
右は三勇士の初の二節である。入校式の夜、自習室で分隊監事の訓示が終って退室された後、1号から4号へと自己紹介をする「姓名申告」という入校後のセレモニーがある。その目的は所謂「裟婆気を抜く」ことにあった。まず、どんな大声でやっても「聞こえん! やり直せ!」と来る。「聞こえん」とは、砲煙弾雨の中でも(一寸オーバーかな)実兵指揮・連絡に通る声、号令演習で鍛えた声ではないという意味である。 それが分らんから「この一号の奴、聾じゃあるメェし、何で偉そうに」と思いながも、えらい所じゃと足は震えてくる。ただ大声をはりあげただけではますます不明瞭となる。名前によっては聞きとり難いのもある。終りの音が寸づまりの名は申告に適しない。親から貰った自分の名とお国訛りが恨めしくなる、やっと地獄の一丁目を通過してホッとする。12月初旬というに汗はでるし、呼吸も荒い。画面、目下申告中のこれは不合格型、天井を向いてやるようでは声も通らず、赤児の喚くが如きもので一号のパスは貰えない。次は俺だと全身ガタガタ型、その他どうしたらパスするかと思案中の者、やや反抗型やら十人十色。上級生はその間新入4号の名前は勿論、出身地、特徴、性格まで大体の見当をつけてしまう。海軍では実践の伴なわない道徳理論は用兵指揮者として落第である。将校生徒に採用となり、いささか天狗の四号も一夜にして姓名申告という単純作業で土胆を抜かれる。生意気盛りの17歳位で人間のゴミを取り去って、自己否定し、始めから鍛えることは有意義だ。一号の大喝一声位で吹っとんでしまうような俗世のゴミは早く除いた方がよい。教官も少々自習室がやかましくても知らん顔をしている。海軍生活は姓命申告から始まるといっても過言ではない。このあと机の着席の仕方、就寝起床動作など生徒館生活に一日も早く適応できるようにと文字通り目まぐるしい毎日が続くのである。士官としての素養を磨くために……
「カーテン」用の爪竿をもって「聞こえんやり直せい〃‥」と怒鳴っている天下無敵の一号も、卒業して候補生となるや「下士官兵・牛馬・候補生」とある如く牛馬の下の位でシゴかれ、もう一度自己否定の焼き直しをやられる。かくて一人前の初級士官が出来上る。いまこの画をみてると「○○県立○○中学校出身 〇〇〇〇」と力んだ4号、「聞こえん!」と床をふみならした1号、同じ分隊で寝食を共にした先輩、後輩は勿論、クラスの声が聞こえてくるようだ。