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ブログ 平成21月分

日記 4月30日 永代神楽祭
今日は6月1日に行われる永代神楽祭申込みの締切日です。
次の方から参加申込がありました。
(兵)遺族
木村 靖(Gの弟)
小島喜久江(丈夫の妹)
上原 光晴(小灘利春の知人)
合計 56名(うち懇親会参加45名)

日記 4月29日 片山、塚田の両君 74期・76期会報
74期の会報「江鷹357号」を頂いた。このクラスは今年最後のクラス会全国大会を行ってクラス会の幕を閉じる。最後の全国大会に全会員の参加を呼びかけている。これに関連して、11月30日によみうりゴルフ倶楽部でヨーソロゴルフ全国大会が計画されている。

訃報
安達 晃氏 様  H21.3.4 没  小原 徳郎 様  H21.3.5 没 
東納宗三郎 様 H21.3.17 没

76期の会報126号を頂いた。76期も今年11月24日に全国総会・懇親会を行う。これ関連の記事で占められている。また関連行事として多数のエクスカーションが計画されている。記事は地区別に掲載されている。

購読会員Aさんのブログに次の記事がありました。

片山市吾中尉(愛知県熱田中学出身。 )
塚田浩中尉(終戦時大尉) (長野県松本中学出身。 )
ともに海兵72期出身の戦闘機乗り、厚木302空雷電隊。

塚田中尉によると、兵学校時代の片山中尉は余りにもわがままで高慢ちきに見えるような人だったとか。
兵学校時代、「相当な猛者」(←「酒や女」方面ではないはずなので、「威勢がいい」という意味だと思われる)であり、飛行学生時代も、頭髪を伸ばして飛行長の怒りを買ったり、教員(下士官の操縦教員)を殴って問題になったり、いろいろと困ったことをしでかす人だったと回想しています。
エスプレイをしても、派手に踊りまわってエスを怖がらせてしまうような人だったらしいです。
しかし塚田中尉は厚木で一緒に生活するようになってから、彼の理解者になっていきます。
「片山という男は実にさっぱりした、いいやつだった」
日付は不明なのですが、片山中尉は邀撃戦に上がった際、不時着してしまい、負傷入院してしまいます。
どれほど戦列を離れていたかも不明ですが、かれを焦らせるには十分なほど、入院していたようです。
退院後、張り切りボーイ・片山中尉は戦果を上げようと頑張りますが、なかなか思うような戦果は得られませんでした。
そんなとき。20年4月。
厚木の302空も、沖縄戦への加勢のため、鹿児島・笠原に進出することが決まりました。
全員ではありません。12名が選ばれて行くことになりました。
分隊長の寺村大尉は上から「連れて行く72期は1人」という条件をつけられ、塚田中尉を選抜しました。
塚田中尉はこのことを「得意げに」片山中尉に話してしまいました。(おそらく笠原進出前夜のこと)
すると、片山中尉は分隊長のところへ押しかけて行き、自分を連れて行ってくれと直談判します。
寺村分隊長は片山中尉の熱意にほだされて、とうとう2人を交代させることにしました。
今度は、戻ってきた片山中尉からそのことを聞かされた塚田中尉が承知するはずがありません。
言い合いをした挙句、2人そろって飛行隊長、分隊長のところへ駆け込みます。
「鹿児島には自分を連れて行ってほしい」 と。

寺村分隊長の回想。
『今度は2人でわたしの部屋に来た。両名とも頑として譲らないのでいっこうに話が決まらない。わたしが決めればよいのだが、海軍は沖縄戦に全力を尽くし最後の決戦のつもりであり、大和まで特攻出撃するというぐらいだから、おそらく笠原に行けば生きては帰れないだろう。わたしも決めかねて、最後は2人はじゃんけんをして勝ったほうがいくこととなった。そして片山中尉が勝ったときのうれしそうな顔がいまでも目に浮かぶような気がする』

塚田中尉の回想ではちょっと違います。
飛行隊長に「2人でよく相談せよ」と諭され、2人は部屋に戻ります。
『わたしは部屋に帰ってかれと激しく論争した。そのときかれは涙を流さんばかりにして小生に言った。貴様はいままでに相当な戦果を挙げているが、おれはまだそれらしい奉公はできていない。今度行けば必ずやってみせるから、今回ばかりは我慢しておれにやらせてくれ』

それでも塚田中尉は首を縦に振りませんでした。塚田中尉とて、最後のご奉公と覚悟を決めていたのです。
「それでは明朝、籤で決めよう」

翌朝、笠原への出発準備が整った飛行場へ2人とも軍刀を手に、「行くつもり」で出てきました。
そこでまた「笠原行き」の奪い合いをした結果、片山中尉が行くことになりました。

『おれは負けた。いや負けてやった。そしてかれに行ってもらった』

4月12日。
笠原から沖縄に向かって出撃した302空の零戦隊(古い訓練用の零戦だったらしい)の中に、片山中尉の姿がありました。 沖縄上空まで敵に会わず、旋回して引き返そうとしたとき、片山中尉が敵機を見つけ寺村分隊長に知らせてきました。その後、グラマン数機と乱戦になり、寺村大尉は「上から降ってくるグラマンに敢然と片山中尉が反撃して行った」のを見たそうです。
それが片山中尉が目撃された最後です。
かれは塚田中尉が待つ厚木の士官室に帰ってくることはありませんでした。

余談ですが、堀飛曹長が「3月19日に未帰還になった」と勘違いしていた「橋本達敏中尉」ですが、かれは343空に転勤する前は、塚田中尉・片山中尉と同じ厚木・雷電隊の搭乗員だったようです。
塚田中尉の回想に「小生と橋本が残されたときは72期は全滅か」とか「そのとき橋本は343空に転勤になっていたので」という記述があったので、302空の読み物を調べてみたところ、橋本達敏中尉、たしかに302空に在籍されていたようです。 堀飛曹長、雷電乗りをひよっこ扱いしてはいけませんなあ・・・・。

偶然ですが、橋本中尉が戦死したのも4月12日。
橋本中尉は午前7時ごろ鹿屋から出撃、片山中尉は午前11時ごろ笠原を出撃、ともに沖縄方面に向かい、敵機と交戦戦死。

日記 4月28日 永代神楽祭
次の方から出席の通知を頂きました。
(兵)会員 
阿久根 正
(兵)遺族
大内キミ子(山口勝己の妹)
北村智恵子(山口勝己の姪)
竹内あい子(竹内 茂の妻)
竹内 和子(竹内 茂の妹)
宮澤 路子(青木孝太の妹)
総計56名(懇親会参加42名)

日記 4月27日
4月も残り少なくなりました。今日は月曜日、なのに、手紙もFAXもまったくきませんでした。

日記 4月26日 永代神楽祭出席
ご遺族の武井保憲様(敏薦君の弟)から参加のFaxを頂きました。合計49名になりました。

日記 4月25日 永代神楽祭
門松安彦君から参加の葉書を頂きました。合計48名になりました。

日記 4月24日 永代神楽祭
本日の出席申込み
稲葉 浩の妹 稲葉千恵子、
今村一敏の妹 今村妙子、
森 一義の妹 森 喜美子の3名
合計 47名

日記 4月23日 永代神楽祭
今日次の方から出席通知を頂きました。
(兵)足立之義夫妻、原田種睦夫妻
’(兵遺族)今井和子(田中洋一の妹)今井ゆかり(田中洋一の姪)
本日までので出席通知 44名

泉 五郎から

私の地元千葉市で今期限りで引退を表明していた鶴岡市長が収賄で逮捕された。消息通に言わせると間違いなく内部告発のようである。
私は元々千葉の人間ではないのでよく知らなかつたが、千葉には鶴岡と云う姓も多いので地元の人に聞いてみたら、矢張り旧制千葉中出身のようである。
昨年中高一貫校になり孫娘も後輩としてこの中学に入学したばかりである。途端に有名な先輩の不名誉極まる事件に遭遇した訳で、進学を勧めた「じじ」としては甚だ具合が悪い。
事件後事情通の話では、今期限りで間もなくの引退を表明した直後の逮捕である。諸々の噂からすると、これは明らかに内部告発によるもので、僅か百万円足らずの賄賂でパクられるのは、不徳の所為との噂がもっぱらである。
我々からすれば百万が十万でも、それが仮令一万でも賄賂は賄賂と思うが、金権千葉の汚名に恥じず地元の感覚からすれば多寡が百万である。
それにしても、地方に限らず国政の段階すら相変わらず、世襲政治の悪弊から逃れられないのは誠に残念である。千葉でも若い三代目のポスターが矢鱈と目に付く。
ところでこの雑文の表題、下の句に「三番煎じは孫の番」と入れたが、この間「ネット」上で 「貸家と金釘で書く三代目」という迷文句に遭遇した。それでも「売家と唐様で書く三代目」よりは売り飛ばさないだけ少しはましか?

日記 4月22日 永代神楽祭
先日の訃報からブログに書きこまなかったので、何名かの方から、体調でも悪いのではとメールや電話を頂きました。特に変わった情報がなかったので、ブログに書き込まなかっただけで、極めて元気です。ご心配をおかけしてすみませんでした。

6月1日の永代神楽祭の出席申込み締切はは4月末まででとなっていますが、4月22日現在出席すると連絡のあった方は次ぎのとおり38名です。
会員の部
(兵)安藤昌彦、足立英夫、足立喜次、相澤善三郎。旭 輝雄、
伊藤正敬、伊藤節子(妻)、泉 五郎、上野三郎、大槻敏直、
岡本俊章、幸田正仁、畊野篤郎左近允尚敏、新庄 浩、
中井末一、林 藤太、樋口 直、平川 進、平野律郎、
山田良彦、(21名)
(機)金枝健三、村山 隆(2名)、
(主)神林  勗、高杉敏夫、深尾秀文、(3名)計26名
ご遺族の部
(兵)猪口 信(猪口 智の弟)、猪口 勇(猪口 智の弟)、
星野道子(猪口 智の妹)、牛尾 和子(牛尾 栄の妹)、
藤本和久(岡田次夫の弟)、杉坂善男(杉坂智男の弟)、
田辺真次(田辺光男の弟)、田辺ます子(田辺光男の義妹)、
深井 紳一(深井 良の甥)、大場幸子(宮林久夫の妹)、
村上典夫(村上達の弟)、村上美智子(村上達の義妹) 
(12名)
(機)(主)なし 
このうち、34名の方は懇親会参加希望です。先日のブログに書いたように懇親会は靖国会館で実施するよう準備中です。今日左近允尚敏君のところに靖国神社から6月1日の永代神楽祭に参加する員数の問い合わせが来ています。懇親会の時の弁当の準備に正確な員数が必要です。
これらも含め、なんとか正確な員数把握に努めています。ご協力お願いします。
訃報 樋口輝喜君逝去
訃報敬弔
樋口 輝喜 君(名簿26P)が平成21年3月27日に入院、4月5日(日)心不全で逝去されました。
葬儀は終わっています。奥様昭子様は施設に入居中で連絡は長男展之様へ。(住所電話名簿のとおり)
この件、特4号田島様からのメールで承知しました。
訃報を知らせて欲しいと連絡のあった貴君の第2受信者のみに流してください。

日記 4月15日 永代神楽祭
今年から慰霊祭に代えて行われる永代神楽祭は、『なにわ会ニュース100号」に記載したように6月1日に行われます。申込みの締切は4月30日になっていますが、まだ出席と通知頂いた方は30名のみです。
実施の要旨をここに転記しますので参加される方はなるべく忘れないうちにお知らせください。
『永代神楽祭について
今年から慰霊祭に代えて次の要領による永代神楽祭により戦没者の慰霊を行います。
日   時    6月1日(月)1400から 
集合時刻           1330
集合場所            靖國神社参集殿
御連絡
従来の往復葉書による案内は発送しません。
参加される方は、メール、電話、FAX、又は葉書で次の事項を4月30日までに伊藤正敬あてご連絡下さい。
1 氏名(ご遺族の方は戦没者または物故者名と続柄も)
2 懇親会の参加、不参加
引き続いて靖國会館で、懇親会を行います。参加すると回答された方には事前に時間、場所、会費をお知らせします。』

日記 4月14日 パインの写真受領 訃報連絡
先日行われたパインなにわ会の写真を新庄君から送っていただいたので、私の写した写真といれかえました。そしてHPにも取り込みます。

12日、13日と訃報が続いています。ある会員から次のメールを頂きました。

『架電連絡は(労多くして功少ない)感じがします。連絡がついても逝去者本人を知らず「御苦労さん」ですむケースが多いようです。今後、ますます訃報が増えると思うので、如何でしょうか?』

これに対し次のように返事しました。
『「今回もHPに書いた電話連絡網で必要な第2受信者のみに流してください。」のように、あなたの第2受信者の内、情報を欲しいと連絡のあった方のみに流してもらえればいいと思っています。
流しても、『ああそうですか』とか『ごくろうさん』だけの方には流す必要ありません。
先日亡くなった山下茂幸君につながっている第2受信者5名に電話したところ、特に流して欲しい人は一人もいませんでした。』

このような状況ですので、クラスメイトとの情報を欲しいと言ってきている第2受信者だけに流して下さい。
私からは、HP、ブログ、メールを併用して流していきます。

西尾 豊君逝去
西尾豊君 平成21年4月13日(月)糖尿病で逝去
お通夜 4月14日1900〜
告別式 4月15日1100〜
場所 ティア千代田
〒586-0021  大阪府河内長野市
       原町4丁目3−2
南海電鉄「千代田駅」 310号線を南へ徒歩10分
TEL  0721-53-9200  FAX  0721-53-9220

訃報 小野義市君逝去
訃報敬弔
氏名 小野 義市 君(名簿6P)
平成21年4月12日(日) 逝去
告別式 4月14日(火) 1200から
自宅 840−1102  佐賀県三養基郡みやけ町天建寺1170
電話 0942-96-2869に於いて

日記 4月12日 耄語録
泉 五郎君jから頂いた妄語録(世界情勢やぶにらみ)です。
『米旦那 女房イギリス 日本は妾 出入り商人中国に 仲間はEU 
友カナダ 情婦フランスままならず ごろつきロシアに 
中南米は何時まで経つても前世紀  
金持ちユダヤは捨ててもおけず 
命惜しまぬイスラムと チンピラ将軍持て余す

日記 4月11日 パインなにわ会
今日は第19回バインなにわ会が行われ、私は初めてに参加しました。
集まったのは次の写真の17名でした。

左より 後列 幸田正仁、平野律郎、高杉敏夫、安藤昌彦、旭輝雄、
足立喜次、相澤善三郎、樋口直、左近允尚敏、上野三郎
前列 新庄浩、山田良彦、伊藤正敬、野崎貞雄、應蘭芳。
村山隆、市瀬文人
最初に幹事左近允尚敏君の挨拶、次いで樋口直君の音戸で乾杯、そのあとゲストの應蘭芳さんの挨拶、伊藤正敬編集長の説明があって開宴、1500から1730まで和やかな懇談が続いた。
今回も毎度のように旭輝雄君の桜海老の差し入れがあり、おいしく頂いた。
なお、この会の開宴に先立ち、左近允尚敏、上野三郎、伊藤正敬、村山隆、野崎貞雄、高杉敏夫の6名で6月1日の永代神楽祭について打ち合わせを行い次のように纏まった。
1 懇親会は靖国会館九段の間で行う。個人ごとの弁当を頼み、飲み物としてビールとジュース若干を準備する。懇親会参加者の会費は2500円とする。
2 懇親会会場の費用2万円と参拝者の負担金1人500円はなにわ会の基金から支出する。
4月末の参加申し込みを集計してから懇親会参加者には案内の葉書を送る。
今年は靖国神社との折衝は左近允尚敏君が担当するが来年は上野三郎君が担当し、その翌年からは他の有志にお願いする。
今年はニュース100号に参加申込みを伊藤正敬あて通知するよう要望したが。まだ20名しか申込がない。懇親会の弁当を頼むにも正確な人員が必要なので、来年は今年出席された方、-過去に良く出席されている方に案内状を出すことを検討する。

日記 4月10日 練習艦隊壮行会
今日は水交会で練習艦隊壮行会があり参加してきました。私は毎年この会に参加していますが、今年はもう長老に入って紹介されました。さすが私より年上は少なく、海軍兵学校出は69期の平野さんだけでした。
ものすごい好天で随分暑い一日でした。明日は左近允尚敏君のパインなにわ会に参加します。
池田誠七君のご遺族に送ったなにわ会ニュース100号がもどってきました。電話も通じません。池田さんの近況ご存じの方がおられたらお知らせください。

日記 4月9日 他のクラス
訃報
兵71期 
上原 道男 様  H21.1.1 逝去
兵74期 
安達   晃 様  H21.3.4 逝去   
小原 徳郎 様   H21.3.5 逝去         
東納宗三郎 様  H21.3.17 逝去

日記 4月8日 振込
窪添龍輝君から連絡報代の入金状況の通知をいただきました。
4月8日現在でまとめてみました。
連絡報代を振り込んだ方(兵・機・経・会友。購読会員の順)
1 会員          119・20・13・4・20・176名
2 戦後物故遺族会員 69・11・5 計 85名
3 戦没 遺族会員  112・12・4 計128名  
4 合計  389名
会員で未納の方 兵16・2・2・3計23名おられます。
振込お願いします。

日記 4月6日 感想
ある購読会員から次の感想を頂きました。
『1 P.39の、零戦のパイロット・相澤さんの体験談、なかなか聞けない話で、貴重でした。
2 P.54、『絆よ、永遠に』、高松さんが、シンガポールの土産で買った、3色の懐中電灯のエピソード、肌身離さず持っていた事に、思わず笑ってしまいました。回天のことを調べるうち、日本の潜水艦のことも知りたくて、『轟沈』という記録映画のDVDを見ました。 高松さんも、潜水艦の中で悪戦苦闘されたんだなぁと、少しだけ分かりました。
3 P.77『余生は、開き直ろう!』の、山本さんの話、面白かったです。電動車椅子は、レンタル出来る事、知りませんでした。
4 P.27『鎮魂の謡』、泉さんが、慰霊祭で戦死した友に捧げた謡、読んでいて、かなり難しかったですが、生きて帰れなかった人々のことを考えると、可哀相で胸が痛みます。
5  P.139、雷電パイロットの林藤太さん、私好みのハンサムな方でした。 』
以上ご参考まで。

日記 4月5日 テポドン 関西なにわ会の記事 転居
泉五郎君から次のFaxを頂きました。
『テポドンと おなら一発 ほくそ笑む
           将軍様に こける日本」

小西愛明君から先日行われた関西なにわ会の記事を送って貰いました。
この種会合は今までとおり連絡報に掲載しますので、各種会合を持たれた時は報告記事を送ってください。

高木亮司君が北海道から横浜に転居されました。住所はHPの名簿変更を見て下さい。

上野三郎君から湘南歩こう会の写真を頂きました。4月3日の記事に加えました。

コメント 深井 at 2009-04-06 10:09 x
人工衛星だと言い張って、結局太平洋に着弾しミサイルでした。北朝鮮とロシアは軌道に乗ったという???落ちた2本目を回収できれば、人工衛星かミサイルか明らかになるのでしょうが・・・一方、誤報で右往左往する自衛隊。核弾頭が搭載できるようになったら、国防は大丈夫かと不安になる。日本のIT技術をフル動員して完璧な防空システムはできないのでしょうか。日本の技術情報やIT製品を持ち帰っている可能性のあるマンボンギョン号は無期限で入港拒絶するべきでは。もっと言えば北朝鮮のアナウンサーが仇敵とまでいう日本に、なぜ朝鮮総連などという団体が堂々と居を構えているのか不思議。パチンコ業界などを通じ、政治献金などしているのでしょうか。

Commented by あらい at 2009-04-05 07:11 x
おはようございます。
写真が出るのを心待ちにしていました。
よいお天気ですね。お城と桜という組み合わせ、わたしも大好きです。
暖かくなってきたので、みなさんで集われる機会も増えますね。記事、楽しみにしています。
Commented by 上野 at 2009-04-05 08:04 x
あらいさま
毎回読んで頂き有難う、この様によんで頂ける人の居られる事を信じて、拙文を書いております。今後とも宜しく
Commented by 伊藤 at 2009-04-05 16:35 x
あらいさま 上野三郎君 
何時もコメント有り難うございました。このブログ、コメントが少ないのがとても残念です。モット多くの方のコメント頂けるとブログ管理者としてやる気が出ますのでよろしくお願いします。
Commented by あらい at 2009-04-05 19:09 x
上野様、伊藤様

こうして毎回写真入りで紹介されていると、お会いしたこともないのに、すっかり知り合いのような気分になって、
「あれ? 今回は○○さんのお顔が見えない!? 何か他にご用でもおありだったのかな? それともカメラマンかな?」
といろいろ想像しながら見ています。
特に上野様、遠い先輩なので人一倍、勝手に親しみを感じております。
次回も楽しい写真入りの記事をお願いいたします。

日記 4月4日 名簿について
ある会員から次のメールを頂きました。
『なにわ会生存者名簿の削除について。
市町村合併の際、名簿作成を提案した処、(安価作製法をも参考に)予算不足その他の理由で否決されました。その後、ホームページの名簿を参考にしていましたが、今回廃止され、住所や電話番号等も判らなくなりました。(例えば今回、連絡網の変更により、相手先の電話番号が局番変更などで判らず、手数が掛かりました。)
日頃より名簿管理をしている人は少数と思いますが、定期的に生存者の消息が判る方法を考えて欲しいものです。』
これに対し次の返事をしました。
『生存者名簿(19年発行の名簿)は簡単に印刷配布出来ます。経費もそんなにかかりません。
貴君の様な御意見が多ければ3年目の22年にでも発行したいと思います。
取りあえず、現在の生存者名簿添付送ります。ご活用して下さい。』

この件についてご意見を頂ければそれを参考に検討します。
現在の訂正した名簿希望の方はお知らせください。メール添付で送ります。

日記 4月3日 湘南歩こう会
上野三郎君から湘南歩こう会の記事を頂きました。

なにわ会歩こう会記―4月度―桜の
「小田原城址公園」散策
4月2日(木)11:00にJR小田原に集合し、城址公園に向かう。
今年は桜の開花宣言が例年より1週間以上早かったものの、その後寒気が振り返し、桜の蕾も萎縮したままだったが、今日は快晴に恵まれ16℃まで温度が上がり、絶好のお花見となった。
参加者は合計11名(男性7名、女性4名)で、嘗ての美男、美女の一集団だった。
天守を巡り、14:30散会、本日の歩行距離5,470歩、満開の桜を満喫してのいい散策だった。


長尾景虎、武田信玄等の攻撃を破った三の丸防壁の跡


三の丸より二の丸へと掘りの上を渡る一の丸広場―桜は満開

天守閣
小田原城は1417年土肥氏の一族小早川氏が始めて築城し、その後1495年伊勢新九郎(北条早雲)が居城とし1590年豊臣秀吉の石垣山一夜城による攻勢の中で開城するまでの、北条5代、95年の長きにわたる
間難攻不落を保っていた。その後徳川家の支配するところとなり、色々手を加えられながら、最終昭和35年の大改修で現在の姿になった様だ。古い松の木と共にこの天守が戦国の昔を語るような気がする。

本日参加の嘗ての美女、美男―桜をバックにして
前列左より窪添、幸田、中井、椎原の諸氏
後列左より小松崎、加藤、品川、深尾の諸夫人、深尾、浦本、上野の諸氏

日記 4月2日 ブログの整理
このブログも始めてから約1年半経過しました。最近写真が取り込めないので困っていました。昨日山本省吾君からメール頂き写真をなんとか取り込みたいと思い、いろいろ調べました。そして分ったのが1年半の間に取り込んだ写真が一杯になっていて、そのため取り込めないことが分かりました。古い写真を何点か削除したらうまく取り込めました。

日記 4月1日 関西なにわ会 ブログ
3月31日の行われた関西なにわ会について
山本省吾君から次のメールを頂きました。
「昨31日、京都でなにわ会を行いました。
出席者12名、幸い好天に恵まれ、桜も
満開で楽しい一時でした。
内容は後日に小西君から送ります。
取りあえず写真のみ送ります。


(後列)山本、椎野、小西、鈴木、諸橋、樋口
(前列)加藤夫人、久米川、大村、加藤、渡邊、富尾


21年2月と3月のブログを整理してHPに取り込みました。

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