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平成22年5月4日 校正すみ

押本兄と平家物語

市瀬 文人

一の谷の (いくさ)破れ
  討たれし平家の 公達(きんだち)あわれ
  暁寒き 須磨の嵐に
  聞こえしはこれか 青葉の笛

 

更くる夜半(よわ) (かど)(たた)
  わが師に託せし (こと)()あわれ
  今わの(きわ)まで 持ちし(えびら)
  残れるは「花や 今宵」の歌

 以上は、我々が尋常小学校時代、年長組がよく歌っていた唱歌「青葉の笛」である。2、3年前にこの曲が無性に懐かしくなり、歌詞をあちこち探してやっと手に入れた。そのうちに、歌の中の詩がどのようなものか知りたくなり、思いつきで文学に強い押本に電話で質問してみた。「それは平家物語にあるだろう」の返事を得て、早速大正年間に刊行された古ぼけた本を手に入れた。目的の詩は、平家滅亡の近い詩の中で見つけた。平忠度(ただのり)作の次の二首である。

 

「さゞ波や 志賀の都は荒れにしを

昔ながらの 山桜かな」

「行き暮れて 木の下陰を宿とせば

花や小宵の あるじならまし

 

何となく、60数年前に中学校の授業で出会った詩との再会ではないか、と思われた。昨年12月29日、故押本兄の告別式後、遺骨を待つ間に、彼の履歴書のコピーが回覧された。見て行くうちに、「平家物語」の四文字に目が止まった。平成2年、横須賀市民大学において平家物語を受講と記されていた。その頃も彼の向学心はなおおう盛だったと思われる。彼のお陰で好きな歌に対するこだわりも氷解した。 多謝。

永年、その文才をもって打ち込んで来たなにわ会誌編集作業による過労も考えられるが、彼には今しばらく、平穏閑居の日々を過ごして欲しかった。

早すぎる死が惜しまれてならない。

(なにわ会ニュース号30頁 平成14年3月掲載)

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