TOPへ     物故目次

私の念願

草鹿 任一

私は今我国が、もつと良くなる様衷心から念願する。諸君もそうである。日本人なら誰しもそうである。

惟うに、国を興すも亡ぼすも皆国民の心からである。国運隆昌の根源は衆心の一致である。今日の急務はこの心の和合一致である。而してそれは結局国民一人一人の強き自省にある。真に国を憂うる者は先ず自己の心の修練に渾身の努力を傾注すべきである。

然らば今日の吾々にとって特にどんな心懸が肝要であうか、左に私の思う処を述べる。

一、奮 発

 新なる気力を以て「大にやろう」という奮発心を起すこと、これが万事の基礎である。そしてこれは上調子のものでなく、一時の激情に依るものでなく、限りなく深く根強いものでなければならぬ。

二、求 道

 真理に透徹した信念を求めること。

 何事にも筋道を明かにして惑わず、如何なる境遇に会っても徹底的に正しかるべく念願すること。

自分が正しいと思って居ることが、一段勝れた人から見れば、案外そうでないことがある。又誰でもやっていることであるからと、深く考えもせずに何の気なしにやったことが飛んでもない間違いであることがある。それであるから吾々凡人は、常に何処までも真理を求めて止まぬ意気込みを以って修業を怠らぬ様にしなければならぬ。世相混乱の今日に於いて特にそうである。

三、淡 懐

物事に抱泥、執着せぬこと。

つまらぬ我慾、我執に拘われて御互の和合一致を欠くが如きことは此際最もよろしくない。喜怒哀楽は其場其場で、あとは光風霽月(さいげつ)、影を留めず、浩々然たる心持を以て、淡々と至公至平にやって行きたし。

四、謙 虚

 柔軟心を養うことが大切なり。物事にすなおでないと、大いに伸びることが出来ぬ。すなおとは真理に対して謙虚なることである。三歳の童子の言うことでも謙虚の心持ちを以って聴くべし。

五、常 心

 どんなことがあっても平常と変らぬ落着いた気持を失わぬこと。

世の中が乱れるならば乱れる程之が必要である。徒らに憤慨して奇激に走り、或は空しく落胆して自暴自棄に陥るが如きは、共に皆常規を逸するもので、器量の小さき者である。

之等は云うに易いが本当に体得することは容易でない。怠れば又元に戻る。必ずや良師の教えと、絶えざる自己の工夫、努力とに俟つべきものである。

之等は別々のものではなく、一つの心の働きである。故に常に自我を去り良心の鏡を磨くことに努めて止まないならば、次第にその働きが自在となり、遂には無分別に立派に働きが出来るようになると思う。

自彊不足という言葉が、今日程、私にとって切実に感ぜられる時はない。自らを磨くことに努力せずして、どうして国家の再建が望まれようか。