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98号 


回天の真実・命削り伝える
    

癌との闘い 資料100冊

 (編集部)これは平成19年8月29東京新聞に掲載されたものである

  魚雷を操縦し体当たりで敵艦を沈める人間魚雷「回天」。先の戦争でこの特攻兵器の搭乗員だった小灘利春さんが昨秋,83歳で亡くなった。2年前,企画「記憶 新聞記者が受け継ぐ戦争」の取材で会った小灘さんは,「自分の命を捨ててこの国を守ろうとした搭乗員の思いがまだ伝わっていない」と語っていた。 元搭乗員らによる全国回天会の会長を務め,回天の語り部として力を尽くした小灘さん。一周忌を前に神奈川県鎌倉市にご遺族を訪ねた。         (五十住和樹)

  「控えめな父が,これだけは譲れないと強く思っていたのは,搭乗員の思いを『正しく』伝えることでした。」小灘さんの3女,伊藤伸子さん(48)―金沢市―はこう振り返る。

 小灘さんは,回天を記した本には,戦果を過大に書いたり,事実に反することを書いたりすることが多いとみていた。それに対し公に訂正を求めると「どうしても個人攻撃になってしまうので言いにくい」と伸子さんに話していた。「争い事を徹底的に避ける性格でしたから」.もともと,自分の戦争体験を家族に積極的に話す人でもなかったという。

 変わったのは6年前,癌と診断された時。「自分しか知らない事が埋もれてしまう」と危機感を持ったからだった。

 近年は映画やテレビで回天が取り上げられることが増えたが,「回天はいったん乗り込んだら出られない」などの誤りや搭乗員の思いを汚すような描写が目立つという。小灘さんは自ら集めた資料を基に制作側に反論,「誤って伝えられかねない。何としても生きていなくては」と伸子さんに話した。

「正しく書いてほしい」と、小灘さんが私に渡した資料は手書きも交じり、詳細を極めた。ここ数年で米国の関係者との交流も深まり、「貴重な資料が入るようになった。史実を少しずつ積み上げていかねば」と意気込みも語っていた。

その思いは、看病をする伸子さんら家族には,もっとストレートに伝えていた。昨年8月、放射線治療で体が動かなくなるかもしれないというとき,小灘さんは「正しい歴史を,真実を伝えること,それが生きる理由だ」と言ったという。

癌の転移による激しい痛みに耐え,聴力も視力も殆んど失う中で,家族に頼んで文字を10倍にも拡大して回天映画評などを読み続けた。

 「活(い)かさん 真実の記録と記憶を 

伝えん 真の紳士 武士たりし人々の志 (おもかげ)を」

 書類を整理していた家族が見つけた小灘さんのメモ。亡くなる1ヵ月ほど前に病床で書いたものだった。妻 郁子さん(77)は「死を宣告されても動揺しないが,「回天の真実を残し終えないのは悔しい」と言っていましたと振り返った。

 「大事なものは何か。守らなければいけないのは何か。国民一人一人が考えるべきだろう。が,守るべきは,掛け替えのない民族ではないか。」なくなる10日ほど前,伸子さんは父の言葉を病院のベッドで聞いた。こんな思いと一緒に残された資料はファイルにして100冊を越す。「伝える」ことに最後までこだわった父を送った伸子さん。「あの戦争を,体で感じるような形で自分の子供たちに伝えたい。」と,私に話した。