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97号

なにわ会戦闘機会の歩み

           林 藤太

平成19年5月1617日の両日、第14回の会合が相澤幹事のお世話で、初めて東京で開催された。一年ぶりの再会だったが、常連のようだった阿久根、石井晃、岡本、松山実などが病気などの都合で欠席となってしまった。かつては勇躍天(あま)(かけ)ていた猛者達も、寄る年波とは言え寂しく残念だったが、戦没者の遺族の方や戦後亡くなった期友の未亡人や家族の人達が奮って参加され、賑やかな会となった。

思えば昭和18年9月兵学枚および機関学校卒業後、第41期飛行学生として霞ケ浦航空隊に入隊、翌年3月我々戦闘機操縦員156名(うち機12名) 新設の神ノ池航空隊にてゼロ戦による実戦訓練を受けた。 

7月練習教程を終え、実戦部隊に配属され一年余を戦ったのである。第一線部隊に配属された156名中戦没106名(68%)更に戦後死亡26名となり現在(平成19年5月末)の生存者は24名(うち機2名)となった。

今まで開催された戦闘機会の回数、開催年月日、主な場所等は別表のとおり。




写真説明 左から

後列 新庄 浩、木村 靖(Gの弟)、大村哲哉、村瀬信義、相澤善三郎、

山田一夫(三郎の兄)、林 藤太、
粕谷 衛(仁の弟)、市瀬文人、森園良巳。

前列 吉田純子(河野俊通の娘)、河野恵津子(俊通夫人)、竹内あい子(茂夫人)、

竹内和子(茂妹),
品川蓉子(弘夫人)、中西英子(健造夫人)、北川裕子(中西健造の娘。)