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90号

 

最後の海空戦について

               編集部

 

 

『最後の海空戦』と題して『若き最前線指揮官たちの日米戦争』が平成一六年十一月株式会社光人社から発行された。

 これにはなにわ会会員十名の戦争体験がまとめられている。

海軍兵学校七十二期・海軍機関学校五十三期が如何にさきの戦争で働いたかが述べられていて、戦争を知らないわが子、わが孫に戦争とはいかなるものかを知らせる好資料として購読をお勧めする。内容については次の目次を参考にしてもらいたい。

 

目  次

 

エンガノ岬沖の死闘   後藤英一郎 「槇」航海長
大いなる海       槙の誕生 

 出撃          戦場エンガノ沖   

「秋月」轟沈      俺たちの仕事は終わった 

直撃弾「槙」に命中   勇敢なる兵長 

襲いくる危難      死地に行く「初月」 

嵐の長崎沖、早朝    艦首をもがれた「槙」   

「槙」は沈まず

不沈艦艦橋での通信情報戦 都竹卓郎 「大和」通信士 

 五桁の数字暗号       ニイタカヤマノボレ 

暗号解析と通信解析     小沢囮艦隊の発信 

ある疑問          サマール島沖海戦

 物量相手の戦いだった。

 

海軍兵学校の四季     伴 弘次  九〇一空大艇艇長

青春の軌跡        兵学校受験     

海軍兵学校へ       娑婆気を抜く

猛訓練つづく       棒倒し、短艇、水泳

兵学校の青春謳歌     世界平和の実現に向かって 

二号時代         肉体滅亡の瞬間を考う

ある兵学校生徒の死    指揮官たるの心構え   

                                 

武勲艦、東シナ海に沈む  長山兼敏  「金剛」艦長付

 武勲赫々たり金剛艦    栗田司令長官の決断

 艦長との別れ       艦、沈む 

 最後の救助者       津軽海峡防衛

 住民の見た「柳」の奮戦 
  

沖縄水上特攻に潰ゆ     池田武邦  「矢矧」測的長・

 連合艦隊の終焉       「矢矧」沈む

 沖縄水上特攻へ       最後の巡洋艦  

 「矢矧」日陰の生涯      戦塵のかなたに

 新生への組み立て      人間と自然と環境

 

頭上の敵、眼下の敵     山田 穰  イ53潜航海長

五島沖の潜水艦の葬列     瀬戸内海で敵機雷に触れる

 回天「金剛隊」の出撃      勝山艇、発進

 川尻艇、発進         53潜、爆雷攻撃を受ける

「回天」イ53潜を救う

 

インディアナポリスの火炎  田中宏謨  イ58潜航海長       

 敵旗艦発見の航海長      突入前日

 星空の別離          「目ンない千鳥」が聞こえる

 イ58潜、最初の出撃      運命の航海に出る

 「回天」最後の一戦       夏の死

 

人間魚雷搭乗員の生と死   小灘利春 第二回天隊隊長

 米国への旅          五十六年目の再開

 「回天」とは          「回天」八丈へ

 「第一回天隊」         部下との絆

 「第二回天隊」の出発    三大要塞の一つ、八丈

 「八丈回天隊」終戦にいたる 大津島、八丈回想

 爽やかな予備士官

 

われ特攻に死すとも    平野律朗  百里空特攻隊長 

 百里が原の三角兵舎    再度のパイロット

 空母キアサージ      「キアサージ」対戦訓練

 戦う百里空        責任と立場

 

機関科魂は消えず     斎藤義衛 「能代」機関科分隊士 

 コレスの連帯感      地下三階に相当する軍艦機関部

 いいか、生き残るんだ   潜水母艦「長鯨」引揚船となる

 敗戦日本の引揚船     捕鯨で国に尽くす    

 追記

『戦死者あいつぐ敗勢の中で、故国を守るために勇敢に戦った海軍兵学校七十二期の海のサムライたち。同期の桜六二五人、うち戦死者三二六名、戦死率五四パーセント。ある者は戦艦で、ある者は潜水艦で、またある者は特攻回天搭乗員となって戦った!生きている海軍将校が語る戦いの航跡。』と紹介されている。

この本の著者は片岡紀明、発行所は光人社である。 

(この本では戦死者三二六名となっているが、七十二期クラス会としては、三二五名と捉えている。)