TOPへ   

祭  文

山下 武男

 謹んで、海軍兵学校第七十二期、海軍機関学校第五十三期、海軍経理学校第三十三期の英霊に申し上げます。

 本日、ここに平成十一年度なにわ会参拝クラス会の日を迎え、ご遺族をはじめ教官およびクラス生存者一同が、ここ緑濃き靖國の社頭に相集い、御霊の間近に参上して、神鎮まります諸兄と、しばし往時を語り合い又所感の一端等を申し述べることをお許し下さい。

 昭和十五年十二月一日、全国各地から江田島、舞鶴、築地の各学校に、勇躍入校した我々は、憧れの海軍生徒の軍装に着替え、ここに海軍軍人として第一歩を踏み出したことへの誇りと心の高ぶりを禁じ得ませんでした。

 この時から、それまで全く見ず知らずの諸兄を「貴様」と呼び、応ずるに「俺」と答える同期の友として、記居寝食を共にしつつ、一意国家の干城たるべく、朝な夕なに心身の鍛練と学術の研鑽に励んだ三年間の生徒生活の期間こそ、わが生涯に於ける最も充実した貴重な時であり、それは現代の若者のそれとは全く異質の、純粋にして無垢な青春の日々でありました。

昭和十八年九月十五日、我々は各学校の課程を終えて、決意も新たに太平洋戦争の最前へと線へと赴いたのであります。爾来、我々クラスが参戦した期間は、僅か二年でしたが、この間戦局は日に日に悪化し、前線からは悲報が相次ぐ時、諸兄は海に、空に、陸に、苛酷な戦場の真っ只中で眦を決して勇戦奮闘されました。それは時に特別攻撃隊という殉忠、壮烈無比な偉業を、率先敢行して全世界を震がいせしめました。しかし、戦は我に利あらず、歴史にかって無い敗戦と言う結末を余儀なくされたわけであります。

 この戦を通じて悠久の大義に殉じられた級友は、総員の過半数に達しました。死は武人の常とは申せ、斯かる多数の友を失ったことは、クラスとして実に痛恨の極みであります。また今なお、若くして散華された諸兄を偲び、追慕して居られるご遺族の切々たるご心情を察します時、生存者たる我々には、如何にお慰め申すべきか、言葉も無い次第でありま戦後、生き残った我々は、荒廃した国土、国家の一刻も早い再建こそ我が責務と思い定めて、各分野に於いて全力を尽くして参りました。

 幸いにして、我が国民の英知と卓越した勤労努力により、戦後五十年を経ずして再建は見事に達成されて、今や世界第二位の経済大国として、国民は豊かな生活を享受しております。このことは、偏に祖国の弥栄、国民の幸福を念じて散華された諸兄の、厚いご加護によるものと、深く感謝せずには居られません。

 しかし、この物質的豊かさとは裏腹に、近頃日本人の心の喪失とも言うべき事態が、各所に見られますことは憂慮に堪えません。戦後の占領政策によって、声高に強調された「自由」と「権利」の思想は、とかく自己中心的となり、私大事で公軽視の風潮を生じ、そこには潤いの無い砂漠の様な世相が見えて来ます。このことは、教育現場に於いて特に顕著で「イジメ」、登校拒否、校内暴力、学級崩壊等心の荒廃を語る記事が新聞紙上にのらない日は無い程です。

 特に嘆かわしいのは、我々が国の象徴と仰ぎ心の拠りどころとしている「日の丸」や「君が代」の是非が今尚論じられ、一部に「軍国主義の温床」などと説く妄言が聞かれることです。

 この風潮については、在天の諸兄も、憂い慨嘆して居られるでありましょう。戦後、上昇発展を続けて来た我国の経済情勢もバブルの崩壊と共に、一転して未曽有の不景気に陥り、これまでの終身雇用型の経済構造は機能せず、今や政、官、財の各界に亘りリストラの嵐が吹き荒れております。為に完全失業者数は三四二万人に近づき、過去最悪の記録となりました。最近、小渕首相はこの状況を明治維新、第二次世界大戦後の復興に次ぐ、第三の改革の時期と位置づけて、政策の方針を景況の回復、雇用の創出及び国際競争力の再建に向けて努力されておりますが、経済の先行きは尚不透明であります。

なにわ会は、クラスの生存者が相寄り相集って、戦後の占領政策がもたらした反戦反軍の風潮に抗して、戦没散華された英霊を顕彰、慰霊し、その輝かしき勲功を語り、その高き殉国の志を讃え、国家に対する献身の貴さを説き、戦争の意義を訴え、我が国と国民のあるべき姿を求め続けて参りました。

 しかし、戦後既に五十年余が経過し、我々も古希の坂はとうの昔に越えて、間もなく八十路に踏み入らんとしております。

 我々と同年代の人々が組織する各種団体は数多くありますが、今や「会員の老齢化、減少」と言う如何ともなし難い事実により、団体の運営が困難となり維持不能に陥って、その志の継承に問題を残しつつも、解散を余儀なくされ、或いは老兵の消え行く潔さをもって、消滅の運命を辿るものが多いと聞いております。我がなにわ会に於いても、早晩この問題に直面することは明らかです。

 しかし、お喜び下さい。我々旧ネービー出身者の親睦団体である「水交会」は、このたび海上自衛隊関係者により、組織の存続が図られることになりました。なにわ会の今後がどうあれ、内に脈々と流れる海軍の伝統、精神は、水交会を通じて近代化されつつ、末長く継承されるわけです。「古き泉に新しき水を汲む」実に素晴しいことです。

 豊かで平和な日本。そこには諸兄が身を挺して護らんとされた祖国のあるべき姿の一端は、達成されたかに見えます。しかし、日本人の美徳としてきた精神面の荒廃は、豊かさ

の代償としてはあまりにも大きく、このことを見過ごして来た我々の責任も大と言わなければなりません。
 残された我々の生涯において為すべきことは、「咲く花の匂うが如し」と称えられ受継がれて来た清々しい「日本人の心」を取り戻す努力が必要と考えます。 ′
 眼を閉じれば、若く凛々しい諸兄のお姿が眼裏に浮かびます。
 願わくは、在天の英霊、我国の行く末とご遺族のご多幸に、更なる御加護を賜らんことを衷心より祈願して、祭文の奏上を終わります。

平成十一年六月三日

なにわ会代表 山下 武男