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平成15年度なにわ会参拝クラス会記

佐丸 幹男

前日昼頃から降り続いた雨も、今朝明け方には上がり、一転して快晴、靖國神社境内には、初夏の陽光が差し込み、木々の緑に映えて、さわやかな気配が漂っていた。

 幹事一同、1000から「受付」準備にかかり、参集者を待ち受ける。1100受付開始、相前後して出席者の姿が見え始め、そこここに再会を懐かしむ会話の輪が出来上がる。本年度の参集者の数は、ご遺族77名、教官、生存者及び同伴者を含めて112名、合計189名となつた。(名簿後掲)

1200から昇殿参拝が行われた。今年はまず拝殿に入り、用意された連続椅子に全員が腰をおろした。ここで、「君が代」を斉唱、修祓、「山の幸」の奏楽の流れる中に献饌、神官の祝詞奏上、続いて豊廣稔年度幹事の「祭文」奏上があり、その末尾に献吟二題、「敷島の」と福山正通中尉(神風特攻第十九金剛隊)の「辞世」があつた。(「祭文」と「献吟」は別掲)
「献吟」は、静かに厳かに空間を流れ、我々の心情にしみいるものがあり、御祭神諸霊もこれを嘉賞されたことであろう。続いて本殿に移り、玉串をご遺族代表

(兵)實吉弘道様(故資吉安志君の弟)   (兵)武井保憲様(故武井敏薦君の弟)

(機)橘美夜子様(故井上 哲君の姪)   (経)岩佐はるみ様(故岩佐肇君の妹)と

(兵)生存者代表 豊廣 稔君とにより奉奠された。

ここで一同揃って拍手拝礼を行い、御霊の安らかに神鎮まりますことをお祈り申しあげた。そして撤饌の後、退下、昇殿参拝の儀は厳粛のうちに滞りなく終了した。        .

小休止の後、懇親会出席者、生存者及び同伴者107名、ご遺族38名計145名が靖国会館に移り、定刻(1330)より少し早く、平川幹事司会の下に懇親会に入った。豊廣年度幹事代表の挨拶の後、ご遺族代表伴辰三様(故伴弘次君の令弟)から心のこもった挨拶と「献杯」の音頭をとって頂き、会食、懇談に入った。にぎやかな談笑が始まり、歓談は尽きない様子であつたが、ころあいを見て、軍歌に移った。平川幹事のリードで「軍艦行進曲(付海ゆかば)」を合唱し、来年の再会を期して散会した。

なお、懇親会の席上、伴辰三様から十年前に九十五歳でなにわ会にご出席の上、遺族代表として挨拶された御母堂すず様を追想され、その時の挨拶文(なにわ会ニュース69号4頁に掲載されている)を朗読されたが、その内容は我々の胸に迫るものがあつた。御母堂様の言葉の終りに「これからは、すべてを地球の全生命のために捧げなさい」また「生命の意義について考え、死んで行った人達の人格と魂を見つめ、自分の命の尊厳を全うして頂きたい」との願いが述べられていた。

さらに、辰三様は組み紐の技術を向上させ、漁業における船舶の柔らかいロープを開発されたことを述べられ、また、今日、学者の述べられている地球の危機13項目について触れられた。その中の13番目は小惑星との衝突であり、これは大自然の運行によるもので致し方ないが、あとの12項目、すなわち、水に関する危機、疫病流行、食糧危機、地球温暖化、オゾン層破壊、森林破壊、土壌破壊、化学汚染、海洋環境の悪化、地下資源枯渇、産廃物の処理困難ほか一件は人類が近代工業社会の中で作ったものばかりであり、人類が全力をあげて解決しなければならないものである。そして、日本もこれからは環境技術で世界をリードしてゆくべきである。との意見があった。

次いで、都竹卓郎君から海軍兵学校連合クラス会の本年度及び明年度の行事予定について説明があり、さらに、平成十七年には「みかさ保存会」が中心になってやることではあるが、日本海海戦百周年の記念式典があり、その一翼を担うことになるとの話があつた。

さらに続いて、伊藤正敬君から加藤康人様の紹介があつた。康人様は故河合不死男君(第一回天隊の隊長として沖縄に向う途中、昭和二十年三月に戦死)の姉の孫であるとのこと。パソコンのホームページに回天のことを詳しく、沢山載せておられる。その中の一部をこの前のなにわ会ニュース88号の121頁から124頁に掲載させてもらった。また、出来れば、加藤様のホームページを見て頂きたいとの事であった

懇親会は終始和やかな雰囲気で行われ、談笑も盛り上がり、名残つきない風情もあつたが、皆様のご満足を得られたものと思い、幹事一同心から御礼申しあげます。

なお、次のご遺族様と柳田教官から多額のご寄付を頂きました。厚く御礼申しあげます。

 ご寄付者(敬杯 略)

石原淑子(石原 博の姉) 實吉弘道(實吉安志の弟) 井尻民雄(井尻文彦の弟)
 岩波静子(岩波欣昭の義柿)
堀江保雄(堀江太郎の弟) 伴 辰三(伴 弘次の弟)

一條一雄(斎藤徳道の義弟) 一條 嶺(斎藤徳道の妹)渡辺 邦(元木恒夫の姉)
 今村信江(今村一敏の母)
中田光子(滝沢昌彦の姉 )

祭  文

平成1565

なにわ会慰霊祭

靖国の御社に、新緑はようやくにしてその色を増し、逞しくなり、六月初頭の風がさわやかに梢を渡っております。靖國の御社の祭神となられて鎮まります海軍兵学校第七十二期、海軍機関学校第五十三期、海軍経理学校第三十三期の英霊諸兄に申し上げます。

本日貴兄らのご遺族をはじめ、私たち生存者110名相集い、新緑萌えわたる靖國の御社に昇殿し、御霊を間近に額づき、慰霊の儀を執り行っております。

大東亜戦争の終戦後、五十八年の歳月が流れ去った今日、静かに眼を閉じて顧みますれば、昭和十五年十二月以来、海軍将校生徒として輝かしき青春時代を文字通り寝食苦楽を共にしておりましたのも束の間、やがて祖国日本の盾として、

従容として死地に赴かれた諸兄の凛々しき姿は、今もなお私どもの脳裏に焼きついて片時も忘れることが出来ません。

祖国のためとは申せ、若い命を紺碧の空に散華し、あるいは澹海の底に沈まれたことは、ご遺族にとってはまさに断腸の思い、私達にとっても痛恨の極みであります。また、年経るにつれて諸兄らを慈しむ想いは募るばかりであります。

しかしながら、諸兄らの輝かしい偉業は、必ずや祖国日本の歴史に未来永劫にわたりわが民族の誇りとして、子々孫々に伝えられることを確信しております。

また、われら命ある限り、諸兄らが身を挺して示された愛国の赤誠を遍く世に伝えて止まることなきようここに誓います。

願わくは在天の御霊よ、常しえに安からんことを祈念して祭文といたします。

  平成十五年六月五日

なにわ会代表 豊廣 稔

献 吟

1 敷島の            本居宣長

 敷島の大和心を人間わば  朝日ににおう 山ざくら花

2 辞世        神風特攻第十九金剛隊 海軍中尉 福山 正通

國のため 盡くす命を 惜しまねど  唯気にかかる 國のゆくすえ

 (注)福山正通少佐及び金剛隊に関するさらに詳しい記事については、rなにわ会ニュース第60号」14頁から22頁を参照して下さい。